明日に向かって(やま)

明日に向かって ③

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おいらは調理場へ勢いよく入っていく。

「潤!あの先生さっ!」

おいらの声が案外大きかったみたいで、潤が菜箸を持ったまま、ビクッとした

「なんだ、智か。」

潤はホッとしたように、鍋に視線を落として調理を続ける。

「智かじゃないよ。あの先生!」

「先生?」

潤は顔を上げずに小さな声で聞き返す。

聞いてんだか聞いてないんだかわかんないけど、

それでもおいらの気持ちが抑えきれなくて、しゃべり続ける。

「ほら、二階の小説家もどきの先生!」

「ああ、櫻井先生ね。もどきじゃなくて、本物でしょ?」

「どうだか、怪しいよ。だって、あいつ……。」

おいらはその先を言おうとして、ちょっと躊躇う。

「智、お客様をあいつなんて言っちゃいけないでしょ?」

「いいんだよ!あいつはあいつで!」

潤は一瞬、しかつめ顔でおいらを見たが、すぐに視線を手元に戻す。

「で、どうしたの?」

おいらはそこでちょっと躊躇する。

男にキスされそうになったなんて言ったら、逆においらが笑われる?

なんか、だんだん言うのが恥ずかしくなってくる。

「とにかく!あいつは絶対おかしい!」

「なんだよ、それ。」

潤は手早く昼食なのか、夕食なのかの下ごしらえを済ませ、手を洗う。

潤はおいらの幼馴染なんだけど、東京の有名な日本料理屋で修行した本格派。

これまたイケメンだからさ、雑誌とかでも話題になっちゃって。

で、その店の先輩と喧嘩して田舎に帰ってきたところを、

母ちゃんがスカウトしったってわけなんだけど。

まあ、確かに潤くらいなんでも持ってたら妬みたくなる気持ちもわかるよ。

でも、潤の実力みたらさ!

今だって、父ちゃんと二人でやってた板場を、

東京にいた時の後輩だっていう、雅紀と二人で回してる。

いくらウチが小さな旅館だって言っても、毎日、20人からのお客さんがやってくる。

本当にすげぇんだ。

しかも、こいつ、すっげぇいいやつなんだよ。

さっぱりしてて男気があって……。

だから、つい、何かあるとここに来てしゃべっちゃう。

「で?智はどうしたいの?」

「おいら、母ちゃんにあの部屋の担当だけはやめさせてもらう!」

潤は小さく溜め息をついて、おいらの顔を見る。

「そんなこと、女将が許すと思う?」

「……う~、か、可愛い息子が身の危険に迫られてるんだよ!

 絶対許してもらう!」

おいらが鼻息荒くそう言うと、潤が微かに首を傾げた。

「身の危険……?」

「ただいま戻りました~。」

食材の調達に行っていた雅紀が、元気な笑顔を振りまいて帰って来た。

おいらはふんっと鼻を鳴らすと、母ちゃんのいる帳場へ向かう。



潤の言う通り、おいらのお願いはあっさり却下された。

「うちは人手が足りないの。あんたの我が儘聞いてる時間はない。」

母ちゃんは、にべもなくそう言い放つ。

ひどいよ、母ちゃん。

「でも!」

「でもも杓子もない!先生の部屋のお花、変えたの?

 それが終わったら空いてる部屋の掃除とお風呂場の掃除!」

おいらは大きな溜め息をつく。

母ちゃんには何を言っても無駄だ……。

父ちゃんの怪我が治ったら、おいら、東京に帰ろうかな?

「智、聞いてるの?」

母ちゃんがすごい目で睨む。

「き、聞いてるよ。」

「ほら、先生の部屋は……椿がいいわね。」

母ちゃんは帳場の隅で、バケツに差してある藪椿を一本抜くと、

挟みで茎の長さを調節する。

竹の一輪挿しにそれを差し、小さくうなずくとそのままおいらに突き出す。

おいらはそれを受け取って、それでもちょっとむくれたまま動かないでいると、

母ちゃんが睨みを利かした顔で、水場を差し示す。

おいらは小さく溜め息をついて、一輪挿しに水を入れる。

まだ、行きたくなさそうにダラダラしているおいらに、母ちゃんの檄(げき)が飛ぶ。

「智っ!」

仕方なく、トボトボと先生のいる2階に向かう。

はぁ、母ちゃんは全然わかってくれない。

おいらは階段を上りながら、手にした藪椿をじっと見る。

玄関や廊下のちょっとしたところにある花は、母ちゃんが活けるけど、

各部屋に飾ってある花は、一輪挿しがほとんどだから、おいらや中居さんが活ける。

一輪くらいのお花じゃ、お客さんも気づかないんじゃないの?

おいらからしたら、それくらいのもんだけど、

母ちゃんは、お客さんが入る前に必ず花を飾る。

「お花を見てると、心が落ち着いて、穏やかな気持ちになってくるでしょう?」

小さい頃、遊んで欲しくて花を活ける母ちゃんの脇にいると、

必ず母ちゃんが言っていた言葉。

あの先生も……なかなか小説が進まなくてイライラしてたのかな?

それで、ちょっとおいらをからかって、息抜きしたのかもしれない……。

いや、だからって、おいらをからかっていいってわけじゃない。

でも、まだ実害があったわけじゃないし……。

おいらはなんとかポジティブに考えようと頑張ってみる。

その甲斐あってか、なんとか先生の部屋の前まで辿り着いた。

また正座し、戸を叩く。

トントン。

「先生、お花を替えに参りました。」

すぐに、あの低い声が返ってきた。

「どうぞ。」

おいらは大きく息を吸って、戸を開ける。










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