明日に向かって(やま)

明日に向かって ①

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「智~!ちゃんと玄関掃除してる~?」

母ちゃんがおいらに向かって叫ぶ。

「ちゃんとやってるよ~!」

おいらは玄関を雑巾で拭きながら大声で言い返す。

おいらがサボってると思ってるんだ。

まぁ、仕方ない?

だって、めんどくさいじゃん。掃除。

おいらの返事じゃ信用できない母ちゃんが、様子を見にやって来た。

「あら、ちゃんとやってるわね?」

「ちゃんとやってるよ。信用してくれよ。」

「信用できるような息子ならね。」

母ちゃんが下駄箱の上を指でなぞる。

「ここ、もうちょっとちゃんと拭いて。」

おいらは口を尖らせて母ちゃんの指の後をゴシゴシと拭く。

「そんな顔しない!あんたはこの家の二代目なんだからね?」

仕事用の綺麗な着物を着た母ちゃんが、いつになく真剣な顔で言う。

おいらんちは「老舗旅館 嵐影山(らんえいざん)」という名の旅館。

老舗旅館と言ってるけど、老舗でもなんでもない。

母ちゃんと父ちゃんが始めた民宿を、ちょっと綺麗に建て替えただけの旅館風民宿だ。

いや、民宿風旅館?

一応旅館?

ま、そこはいっか。

だから、格式とかは全然ない。

おもてなしの心が大事と母ちゃんは言うけど……。

「はいはい。」

おいらはめんどくさそうに返事する。

「返事は一回!」

母ちゃんの目がギラッと光る。

「はい!」

おいらは背筋を伸ばして返事する。

母ちゃん、怖いんだよ……。

母ちゃんはこの旅館の女将。

父ちゃんと二人で切り盛りしている。

もちろん二人だけじゃできないから、一緒に働いてる人もちょっといるけど。

でも、ご覧の通り、母ちゃんはとっても怖いから、

父ちゃんは全く全然、母ちゃんに頭が上がらない。

その上、事故にあって、全治一か月の大怪我。

「全くあの人は使えない!」

と母ちゃんはいつも言う。

事故にあった時は、死にそうな勢いで電話掛けてきたくせに。

そうそう、おいらはこの家の一人息子。

専門学校に行くって東京に行ってから、そのままなんとなく東京で暮らしてた。

ここより全然、東京の方が面白いしね?

東京でのおいらはイラストを描いて食ってたんだけど……。

この世界、努力と才能だけでどうにかなる世界じゃなくて。

おいらにはあんまり才能もないんだけど……。

おいらも35歳。

もうそろそろ限界か?と思っていた頃、父ちゃんの事故の知らせが届いた。

その時の母ちゃんは、

「お父さん、もうダメかもしれない……。」

と泣きながら電話してきて。

おいらも一人息子。ここは腹を括らないといけないかな?って。

で、戻ってみたら、父ちゃんは結構ケロっとしてて。

「おぅ、智!お見舞いに来てくれたのか?」

なんて、足を吊りながら能天気な感じでさ。

「死んじゃうかもって、母ちゃん、泣いてたよな?」

って睨んでも、その頃には母ちゃん、すっかり元気になってて。

「あら?そんなこと言ったかしら?」

なんてすっ呆けて。

「まぁ、いいわよ。帰ってきたんなら、ウチ、手伝いなさい。」

父ちゃんにリンゴを剥きながら、ニヤリと笑われて今に至る……。

嵌められた感、満載。

まぁね、東京はすっかり片づけて来ちゃったし、ここしかいるとこないから

やるしかないんだけど……。

「智、そこが終わったら、二階の櫻井先生のとこ、朝のお掃除とお花、頼んだわよ。」

「へぇ~い。」

「返事は、はい!」

「はい!」

もちろん、ピンと背筋を伸ばして答える。

おいらの返事を聞いて、満足した母ちゃんが戻っていく。

おいらはここの一人息子なもんで、小さい頃にお茶とお花とお習字に通わされた。

だから、ちょっとはできる……。

ずいぶんやってなかったけど……。

ここに戻って1週間。

ここでの生活にも慣れてきた。

でも、朝早いのだけは……まだ慣れない……っていうか、慣れる時が来るのかな?

おいらは最後に玄関先に水を撒き、二階へ駆け上る。

「智!階段は静かに!」

奥から母ちゃんの声が聞こえてくる。

「は~い。」

おいらはから返事で答える。

どう考えても、母ちゃんの怒鳴り声の方がでかいってわかってるかな?

二階に上がると、一番奥の部屋の前で正座する。

この部屋のお客様、櫻井先生は恋愛小説の作家さん。

うちを定宿にしてくれてるんだけど、やたら気難しくて有名で。

昔の文豪が旅館に籠って執筆したのを真似てるらしいんだけど、

その割に、書くのは原稿用紙じゃなくパソコンだし、

純文学じゃなく、ライトノベルとかだし。

おいらは扉を二度トントンと叩いて声を掛ける。

「櫻井先生、お掃除に参りました。」

しばらくして

「どうぞ。」

と低い声が答えてくれる。

「失礼します。」

おいらはそっと引き戸を引き、中に入っていく。

案の定、分厚い本やら、雑誌やら、CDやらで部屋は散らかり放題。

先生はパソコンを見つめ、キーをカチャカチャと打っている。

「先生、あんまり根を詰めるとお体にもよくないですよ。

 掃除の間、少し散歩でもしてきてはどうですか?」

おいらが先生の向いに座り、テーブルの上を片づけ始めると、

先生がおいらをじっと見て、手を止める。










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