Japonesque(5人)
Japonesque 二話
2015.11.26 *Edit
十二間までやってきた和はふぅと息をついて、『東雲』の看板を探す。
「たしかこの辺……。」
細い路地を入ったところに看板を見つける。
今にも壊れそうな看板には、読めるのが不思議なくらい掠れた文字で『東雲』と書いてある。
「おっと、ここだ。」
和は、そろりと暖簾をくぐっていく。
「ごめんよ。誰か、いないのかい?」
奥の方から、がさごそと音がする。
「はいはい。ちょっと待ってね……。」
紺の小袖に茶の頭巾を首に巻いた、背の高い男が奥から出てくる。
「あれ?和じゃない。どうしたの?」
男は気安く、和の前にやってくる。
「いやね、お嬢さんのお使いで……。」
和は困ったもんだと言うように、ふっと笑って見せる。
「ああ~。大店のお嬢さんも好きだねぇ?」
男は、人好きのする顔をくしゃっと歪ませて、手前の棚から幾つかの本を取り出す。
「智が回ってると思うんだけど、行かなかった?」
数冊の本に目を通すと、その下からさらに2冊の本を取り出す。
「いや、来てないねぇ。雅紀は一人で店番かい?」
「そうだよ。全然客が来やしなくて嫌になる。」
本をとんとんと重ねると、和に差し出す。
「お前さんも外、出ればいいじゃないか。」
「ごめんだね。あんなの着て外歩くなんて嫌なこった。」
雅紀は本当に嫌そうに目を細める。
「ははは。そんなこと言ったら智はどうするんだい?
あれだから、女客が寄ってくるんだろ?」
「そりゃそうだけど……。」
雅紀がつと、顔を上げ、入り口に目を向ける。
釣られて和も入り口を見やる。
「すまない。こちらに暁の絵師さんがいらっしゃると伺って来たんだけど……。」
暖簾をくぐって入ってきたのは、目のきりっとした、彫りの深い若者だ。
「これはこれは、今を時めく成田屋さんのおいでとは。」
雅紀がそそと草履に足を入れ、土間に降り立つ。
「成田屋さんて、あの……。」
和は、口を開けて若者に見入る。
太い眉にすっとした鼻梁。
にこやかに笑う姿は間違いなく、成田屋の二枚目、潤だ。
「ほえ~。さすが、本物は輝きが違うってもんだ!」
潤がくすりと笑い、決め顔を作って流し目を送る。
「はあぁぁ~!私でもくらくらしちゃいそうですよ。」
和は大げさに頭を振って見せる。
「兄さんも、なかなかの男前じゃないか。」
「いえ、私はそれほどでも……。」
和は腰を屈めて、へへへと笑う。
「ところで、成田屋さんがこちとらに何ようで?」
雅紀が揉み手をしながら、和と潤の間に入っていく。
「ああ、そうだった。ここに暁の絵師がいるって聞いて来たんだけど、いる?」
雅紀は首を傾げ、にやりと笑う。
「どこでお聞きになったか存じませんが、暁はこちらには居りませんし、
どこにいるかもわかりゃしません。」
「どこにいるかもわからないの?」
和が聞き返す。
「わかっているよ。ご禁制の春画……表だってはいられないってことくらい。」
潤がしたり顔で笑う。
「そうじゃなくて……。」
雅紀は困った顔で潤を見る。
「でも、新作が出ると、ここが一番に出すんだろう?」
和が腕組みして雅紀を見る。
「そうなんだけどね……。」
「それは、絵師が持って来んの?」
潤が身を乗り出して聞いてくる。
「まさか!絵師が現れたことなんて、一度もない。」
「なんだ。そうなんだ。私も……絵師にはちょっと興味あります。」
和はにやりと笑う。
「あんな絵を描くんだ。よっぽどの……。」
くっくっくと声を殺して笑う。
「そりゃあ、そうだろ?あんな艶めかしい絵、他で見たことない!」
潤もくっくと笑う。
「あそこなんて、今まさにって感じで濡れて……。」
「女の顔の、こう、とろんとした目とか……。」
二人が顔を見合わせて、いやらしく笑う。
そんな二人を見て、雅紀が溜め息をつく。
「その絵師に、どんなご用件で?」
潤はゆっくり笑うのを止めると、こほんと小さく咳払いする。
「そうは言っても、俺はね?師宣、北斎に引けをとらない、
当代随一の絵師だと思っているんだよ。」
「まぁ、そりゃ、そうでしょう。」
雅紀が、うんうんとうなずく。
「そこで、俺の看板をお願いしたくてね。」
「看板?……って、歌舞伎の?」
「そうそう。小屋の前に掲げてある看板。あれをぜひ暁の絵師さんにお願いしたい。」
潤が、羽織の袖に両手を入れてうなずく。
「それは……困ったね……。絵師は春画しか描かないし。」
「春画しか描かないの?」
和も首を傾げる。
「ああ、絵師は春画だけ。それ以外には興味がないらしい。」
「これまた、変わってらっしゃる!」
和は徐々に興味が増したのか、目を輝かせて雅紀に見入る。
「じゃ、春画だけで食ってるのかい?」
「さぁ……絵師の素性は俺にもさっぱりだから。」
雅紀がごまかすように笑う。
「ふうん。あんた何か知ってんだろ?」
「え?知らないよ。なんにも。」
雅紀が身を引いて和を避ける。
和は、ずいっと体を寄せて雅紀ににじり寄る。
「ほんとか?」
「ほんとだよ!」
「まぁ、いいさ。絵師が春画しか描かないのなら……
俺を春画で描いて欲しい。」
きりっとした鋭い目を雅紀に真っ直ぐ向け、潤が言う。
「え?春画って、潤さん……。」
和が目を丸くして潤を見る。
「……やってるとこを……描いて欲しいってこと……ですよね?」
潤は腕を組み直してにやりと笑う。
「おう。……それくらい、俺は絵師に惚れてるってことだ。」
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- Japonesque 二話
- Japonesque 一話
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