「Deepな冒険」
Deepな冒険(やま) 智Ver.

Deepな冒険 智ver. ⑤

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「……トイレ行きたい。」

そう言われて、俺は駅ビルの中の綺麗なトイレを案内する。

王子には王子に相応しいトイレじゃないとね?

俺はトイレの前で智を待つ。

なんか、彼女を待ってるみたいだな……。

ばかか。

智はどこをどう切り取っても男。

間違えるなよ?

どんなに可愛く見えても、男は男。

俺は自分に言い聞かす。

ふと、トイレの先の曲がり道の角に貼ってある、航空会社のポスターに目が止まる。

スーツ姿でカッコつけた男が、ニコッと笑ってこっちを見てる。

出張の時、よく使う航空会社だ。

あれ……あの顔……?

智?

ポスターに近づいて、よく見てみる。

潤んだようにキラキラ輝く瞳。

通った鼻筋。

柔らかそうな頬。

間違いない。

智の顔だ。

雰囲気はだいぶ違うけど、顔の作り、造作は間違いなく智のもの。

智は……王子様ではなく、芸能人だ……しかも、相当有名な。

俺はポスターの前から離れ、トイレの前に戻る。

自慢じゃないが、俺はテレビはほとんど見ない。

見ても、国営放送のニュースとお天気くらい。

仕事が忙しいのもあるが、あんまりテレビに興味もない。

そんな俺でも知ってる数少ない芸能人。

子供の頃からテレビの中で活躍し、未だに衰えることのない人気……。

国民的スーパーアイドル。

電車の中吊りには、必ず名前の前についてる肩書き。

俺も、智の映画を見たことがある。

不治の病気になって、それでも頑張る青年と家族の話……。

アイドルなんてと、ちょっと馬鹿にしてたけど、あれ見て見方が変わったのを覚えてる。

智が手をブラブラさせながらトイレから出てきた。

「翔君、おいら、ハンカチ忘れた~。」

ふにゃりと笑う顔。

あのポスターと同じ顔なのに、全然違う顔。

「ハンカチだけじゃなく、何も持ってないんでしょ?」

俺は鞄の中からハンカチを取り出し、智に渡す。

「うん。」

嬉しそうにハンカチを受け取り、丁寧に広げて手を拭いていく。

俺の目の前の智は、国民的スーパーアイドルの大野智で、

のんびり釣りしたり、カキフライを食べて、口の周りにタルタルソースを付けちゃう男で、

行列に並んでラーメンが食べたくて……。

あんなに自信満々に笑顔を振りまく男じゃなくて、

捨てられた子犬みたいに俺を見る男で……。

俺がじっと智を見ていたから、智が不思議そうに俺を見返す。

「どうした?」

言葉はぞんざいでも、智の顔は心配そう。

「ん?なんでもないよ。」

智はハンカチを丁寧に畳んで返してくれる。

「やっぱり……仕事が心配?」

智が小さな声で俺に聞く。

心配なのは、俺じゃなくて智でしょ?

自分が飛び出して来ちゃったから、後のことが心配なんじゃないの?

「ん、いや……大丈夫。」

俺は笑ってハンカチを鞄にしまう。



駅から出て、大きな道路沿いを歩き出す。

さすがに平日でも、上野は人が多い。

智はずっと帽子に手を添えたまま、俯きかげんで歩き続ける。

そりゃ、俺が気づいたくらいだから、若い女の子なんかはすぐに気づくよな。

案の定、少し歩いたところですれ違い様にジロジロ見られた。

もちろん、俺じゃない。

智を、だ。

後ろを振り返ってみると、確信が持てないみたいで、立ち止まってこっちを見てる。

これは、時間の問題か……。

俺は智の腕を引っ張って、道路に向かって手を上げる。

すぐに黒いタクシーが止まる。

ガードレールを乗り越えて、驚いてる智をタクシーに押し込む。

「え?翔君?」

続けて俺も乗り込むと、智の行きたがってた店の名前を告げる。

突然のことに、目をパチパチさせる智。

「歩くとちょっと遠いから……迷うといけないし。」

俺はシートに体を預けて、ニコッと笑う。

智もニコッと笑って、シートに体を預ける。

でも、このままじゃ、並ぶのも難しいよな……。

チラッと横の智を見ると、嬉しそうに窓の外を眺めてる。

並びたいんだよな……。

俺は、智とは反対の窓に顔を向けて、溜め息をついた。



タクシーはすぐに目的地に到着する。

なんせ、歩ける距離だから。

店の前には10人位の人が並んでいる。

お昼でも、夜でもないこの時間でこれだけ人が並んでるんだから、

ご飯時になんて、絶対来れない。

俺だけだったら10人だって並ぶ気になれない。

俺と智はその最後尾に立つ。

智は俺の方を向いて、目深に被った帽子をさらに深くする。

俺は、智の肩を抱いて、列が前に進んだことを伝える。

智も慌てて前に進む。

一人で並んでいるやつは、携帯を見ていて周りを見ることがほとんどない。

カップルは……二人で話すことに夢中。

二人の世界ってやつだ。

おばちゃんの三人組……は、ワイドショーの話に花を咲かせてる。

智が飛び出したことは、まだニュースになっていないみたいだ。

すると、おばちゃんの内の一人が、智に目を留めた。

俺は智をグッとこっちに向け、おばちゃんに背中を向けさせる。

それを見たおばちゃんは、連れの二人にヒソヒソと何か話してる。

まずい……ばれたか。

それを聞いた連れの二人も、不自然な様子でチラッと俺らを見る。

じっと見たいけど、見たらいけないと言う感じ。

そして、またヒソヒソ話。

ダメだ。

俺が耐えられない!

俺は智の手を掴んで早足で道を渡る。

「え?翔君?ラーメンは?」

智は風で飛ばされないよう、帽子を押さえながら俺の隣に並ぶ。

「もっと美味しいラーメン、食べさせてあげるから。」

俺はまた、タクシーを捕まえた。










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