「短編」
うたかた(智翔潤)

うたかた 上

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    茜さす紫野ゆき標野ゆき
        野守は見ずや君が袖ふる

      (紫草の御料地で野守が見てるかもしれないのに、私に袖を振るなんて)


    紫のにほへる妹を憎くあらば
        人妻故に吾(あれ)恋ひめやも

      (紫草の匂い立つ美しいあなたに、人妻だからと言って、
        恋心を秘めることなどできはしないよ)




ガヤガヤと続く宴の華やかさ。

女達の笑い声、男達の杯の音。

大王(おおきみ)の蒲生野(がもうの)での薬猟は、50人を超える人でごった返している。

智は人いきれで、軽い眩暈を覚える。

スッと立ち上がり、一人、宴を離れて草原に忍び込む。

秋の、爽やかな風が頬を掠め、熱が引いていくのを感じる。

澄んだ空気が空をより高く感じさせ、

染まり始めた木々は淡く、くすんだ色が目を楽しませてくれる。

遠くから、千鳥の鳴き声が聞こえてくる。



智は地方の神官の息子で、前天皇に仕えていた。

彼の詠む歌は、人の心に心地よく響き渡る。

斬新でありながら、おだやかなその歌は、皆を引き付けてやまない。

歌人でありながら、巫女でもある彼は公の場には巫女の格好で現れる。

巫女姿の端正な容姿を天皇がとても気に入り、

公の場では巫女の格好でいるよう、言い渡されたのだ。

智はその言いつけを守り、今でも公の場には巫女の格好で参列する。



智が空に馳せていた瞳を森の近くに移すと、

見覚えのある人影が、こちらをじっと見ている。

智が気づいたことに応えるように、軽く手を上げ、近づいてくる。

影の主は翔だった。

翔は前天皇の息子で、現天皇の母違いの弟だった。

「元気に……しているみたいだね。」

智は顔を伏せ、膝を曲げて会釈する。

「翔君も……変わってない……。」

懐かしい香の香りに、智は若かりし日を思い出す。




宮廷での生活は智にとって不慣れなことばかりだった。

巫女である彼は別段、お仕えすることに支障はなかったが、

好きな時に野や山に出かけ、歌を詠み、画を描いていた生活からは一変する。

宮廷内の政治にも疎く、興味もなかったが、周りはそうもいかない。

ましてや、美しい彼の巫女姿は、御簾(みす)の中からも外からも視線を注がれ、

誰が彼を手に入れるのかと、うわさになることもしばしばだった。

そんな折、智は宮中で翔に出会った。

母君に似て、聡明で闊達な翔は将来を嘱望されている。

武芸にも秀で、兄である潤の右腕になることは必至だった。

「あなたが智君?君にはどんな美姫も敵わないって、うわさになってるの、知ってる?

 まさか、本当にこんなに綺麗だとは思わなかったよ。」

屈託なく笑う翔に、おもわず智も笑顔になる。

宮中で、初めてできた友達だった。

二人は事あるごとに一緒にいた。

翔はいつでも智の手を引いて歩いた。

その力強い手、若い情熱は、智を魅了するのに十分だった。

智は恋に落ちた。

初めての恋だった。

ある晩、二人で酒を酌み交わしていると、翔が智に寄り添って言った。

「智君が……欲しいと思っている俺は、どうかしているのかな?」

若さはあっという間に二人を燃え上がらせる。

幾夜も甘い夜を重ね、翔は正室の処へ戻ることもなく、智の元を離れなかった。

うわさはたちまち広がり、天皇の耳にも届いた。

息子が子の生(な)せない智のところに居座っていると聞き、翔を呼び出し、注意を促す。

天皇の前で、二人の愛について語り出す息子に、天皇は仕方なく、

正室との間に子を作ることを条件に、智の元へ通うことを認めるしかなかった。

正室に子供ができれば、本格的に智と一緒にいられる。

翔は嬉々として喜んだ。

そんな時でも政治は二人を放っておいてはくれない。

翔は兄・潤と共に、宮廷内を一掃するため、奔走していた。

潤の統率力や政治力は、翔にとって尊敬と憧れだった。

宮廷内の権力を好きなようにしている豪族を襲撃することになると、

潤は先頭にたって剣をふるった。

そんな潤を、翔は支え、守りぬいた。

襲撃は見事に成功し、翔の母君である天皇は位を降り、潤が即位すると、

翔は忙しく、なかなか智の元を訪れることができなくなった。

智はその寂しさを、巫女の仕事を全うすることで紛らわせていた。

ある日、巫女として智が舞う姿が潤の目に止まる。

智の軽やかな舞いに心を射抜かれた潤は、

その者が翔のものであると聞いても、諦めることができなかった。

「翔、俺に忠誠を誓ってくれるよね?」

「もちろん。」

「じゃ、お前にとって、一番大事なものを俺が奪っても、文句は言わないよね?」

翔は潤が何を言っているのか、すぐにわかった。

すでに潤が見初めたことがうわさになっていたのだ。

こうして、智の初恋ははかなく散った。

智は潤のものとなったのだ。



「あなたを忘れたことなんて一度もないよ。」

翔はさらに近づいて智の腕を掴む。

「…ふざけるなっ……。」

「本当に、生涯で俺が愛したのは……。」

翔は智を引き寄せ、唇を重ねる。

智は身を捩って抵抗するが、懐かしい唇の感触に力が抜けていく。

翔の唇に酔っている自分に気づいてハッとすると、翔の体を引き離し袖で唇を隠す。

「見つかるよ……困るのはあんただろ。」

智はそう言い残して、翔に背を向ける。

草原を小走りにかけていく智を、翔はただ、黙って見つめ続けた。

もう、二度と手に入れることのできない愛しい人を。











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