Crazy Moon ～キミ・ハ・ムテキ～ ⑩

次の日、翔は予定よりも仕事が押してしまい、終わったのは11時を回っていた。

こんな時間じゃ、明日に響くと思っても、会いたい気持ちは抑えられない。

タクシーを拾い、行き先を告げる。

後部座席で一息つくと携帯を取り出し、電話をかけようか悩んでメールにする。

『今終わった。まだ寝てないよね？すぐ行くから。』

電話をかけて断られたら、今日会うことはできない。


我がままなのはわかっていても、少しでいいから会いたかった。

少しして携帯の画面が光る。

『早くしないと寝ちゃうよ～。』

翔は笑って携帯をしまう。

それから10分位で、目的地に着く。

エントランスで部屋番号を押すと、すぐに智の声が響く。

「いらっしゃい。」

「遅くなってごめん。」

「んふふ。開けるね。」

扉が開き、翔は中に入っていく。

エレベーターに乗り込むと、会いたくてこんな時間にやってきたはいいが、

特に用事もない自分に戸惑う。

どうしようか……。

しかも手ぶらだ。

智の部屋の前まで考えるが、仕方ない。

玄関のインターフォンを押すと、すぐにドアが開く。

「いらっしゃい。」

智がにっこり笑って立っている。

翔はおずおずと入っていく。

智の部屋の匂い……。

絵の具の匂い？ちょっとツンとする匂いと甘い匂いが独特で、

翔はなんだか安心する。

「智君の部屋の匂い……。」

「え？なんか臭い？」

「違う違う。好きなんだ。」

「ふうん。……おいらにはわかんないや。」

智は鼻をクンクンさせてみる。

「あ、座って。」

智に促され、翔はソファーに腰掛ける。

「ビールでいい？」

「うん。ありがと。」

翔は改めて部屋を見回してみる。

前に来た時と変わらない、物の少ない部屋。

リビングの一角にイーゼルに乗ったキャンパスがおかれ、

その周りだけが雑然としている。

「描いてたの？」

缶ビールと乾き物を持って、智がキッチンからやって来る。

「ん？少しね。…あ、その匂い？」

「うん、そうかも。」

智にビールを渡され、プシュッと開ける。

「お疲れさん」

そう言って、智は自分のビールを軽く持ち上げる。

「お疲れ～。」

翔も缶を持ち上げ、口に運ぶ。

冷たいビールが喉を通って体に染みていく。

「あ～、旨い。」

「んふふ。仕事の後の一杯だね。」

智は床に座り、テーブルの上に乾き物を広げていく。

翔はそんな智を見て微笑む。

「何？」

「え？何が？」

「今、笑ったでしょ？」

「え？笑ってた？」

「うん。いやらしいことでも思い出した？」

「ち、違うよ。」

翔はビールをゴクゴク飲み、ピーナッツを摘んで口に入れた。

そんな翔を見て智も笑い、ビールを飲む。

「……ごめん。こんな時間に。」

「嫌だったら、嫌って言うから。」

智が微笑んで翔を見る。

翔はなんだか恥ずかしくなって、視線を外す。

「何？見られて恥ずかしいの？」

「うるせぇ。」

翔はまたビールを飲む。

「んふふ。翔君可愛い。」

「うるさいよ！」

翔は顔を赤くして、ビールを飲み続ける。

「あんなことや、こんなこともしたのにね。」

「もう黙って！」

翔はビールを持ったまま、智の口を手で塞ぐ。

「冷たっ。」

「あ、ごめん。かかった？」

翔は智の隣に座り、ビールがかかってないか確めた。

「大丈夫。顔が冷たかっただけだから。」

翔はビールをテーブルに置き、智の頬に手を添える。

「ほんとだ、ちょっと冷たい。」

智はその手を握り、翔の唇に唇を合わせる。

その唇はすぐに離れ、クスッと笑う。

「ビールの匂い。」

翔も智の唇に唇を合わせ、すぐ離れる。

「そうかな？よくわかんない。」

翔は首を傾げて見せ、すぐにまた智の唇に唇を合わせる。

今度はゆっくりと歯列の間から舌を侵入させていく。

舌を絡め、甘い息遣いと唾液を貪り、唇を離す。

「ほんとだ。ビールの匂い。」

智は声を上げて笑った。