Crazy Moon ～キミ・ハ・ムテキ～ ⑥

ピンポーン。ピンポーン。

翔は寝起きの目を擦りながら、インターフォンを見る。

画面には智が、ニコニコしながら立っている。

「え？智君？」

急いで受話器を取る。

「どうしたの？今日は釣りだって…。」

「んふふ。今帰ってきた。ちょっといい？」

「う、うん。」

翔は解錠ボタンを押すと、受話器を置いた。

こんな朝早くからなんだ？

時計を見ると、8時を回ったところだった。

玄関のチャイムが鳴り、翔はすぐに鍵を開ける。

「おはよう。」

智がニコニコしながら玄関に入ってくると、

よいしょとクーラーボックスを差し出す。

「この間はご馳走してもらったから、

今度はおいらがご馳走しようと思って。」

「え？あの、智君？」

智は壁にクーラーボックスをぶつけないよう、慎重にキッチンに向った。

キッチンでクーラーボックスを開けると、

中にはいい大きさのスズキが一匹入っている。

「いいだろ～。ちょっとキッチン借りるね。」

そう言って、智は手早くうろこを取り、三枚におろす。

翔は何も言えず、スウエットのままぼーっとその手先を見ていた。

いつ見ても、綺麗で繊細な指先。

その指先が、魚をみごとに三枚におろしていく。

脂ののったプリプリの身が、キラキラと七色に輝いている。

智は最後に皮をはぎ、身を削ぐように切っていく。

「翔君、あらいにするから、氷出して。」

包丁から目を離さず翔に言うと、半身をすべて切り終える。

翔がその手さばきに見惚れて、ぼーっとしていると、

ちょっと声を荒げて、智がもう一度言う。

「翔君。氷。…ざるとボウルも。」

我に返った翔が、慌ててざるとボウル、氷を用意する。

智が切り身を氷水で洗い、両手でギュッと水切りすると、

翔に目配せする。

翔が棚から皿を取り出すと、それに綺麗に盛り付けた。

「旨そっ！」

思わず翔の口から感嘆の声が漏れる。

「残りの半身はどうする？ムニエルにでもする？」

智がまな板を拭きながら翔の顔を見る。

「うぉっ！作れんの？」

智は翔に向かってニッコリ笑う。

「すごい！食べる！食べたい！！」

翔が目をまん丸にして智に言うと、智は残りの半身に包丁を入れた。

あっという間にムニエルも出来上がり、二人はダイニングに向かいあって座る。

「すごいね！智君。料理できるんだ。」

「いや、適当だけど…。」

翔は照れてる智が可愛くて、口元を手で覆って微笑んだ。

「朝からだけど、一杯飲む？」

「いいねぇ。」

翔がキッチンの奥に行き、日本酒とガラスでできた大きめのお猪口を持ってくる。

「おっ？旨そうな日本酒だね。」

「もらいものだけどね。」

翔はキャップを外すと、一升瓶からお猪口に注ぐ。

「大丈夫？こぼさないでよ。」

「大丈夫だよ！俺を信じろ！」

翔が笑うと智もふにゃりと笑った。

二人でカンパイし、二人は同時にスズキを頬張る。

「う、旨い！」

翔は鼻の穴を広げて興奮し、次々口に入れていく。

「だろ？翔君にどうしても食べさせたくてさ。」

「昨日、言ってくれればよかったのに。」

「驚かせたかったんだよ。」

智が満足そうにムニエルをつっつく。

「旨すぎる～。いくらでも食べられる。」

そんな翔を見て、智は日本酒を口に運ぶ。

「人に料理してあげるのも……いいもんだね。」

翔はムニエルの皿から顔を上げ、ん？と智を見る。

「俺も、リベンジするから！」

「うふふ。期待しないで待ってるよ。」

「期待して……と言いたいところだけど……期待しないで待ってて。」

翔はムニエルを頬張りにっこり笑う。

智もふにゃりと笑うと、ムニエルを一口頬張った。

「……旨い！俺、料理向いてるかも？」