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STORY

STORY scene#11

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電車を降り、バスに乗る。

都内ではぱらついていた雨も、もう降っていない。

この辺では降らなかったのか?

舗装された道路に目をやるが、もう7時を回っている。

降ったかどうか判断できるほど街灯はない。

バスを降り、見慣れた道を歩く。

いつもよりバス一本分遅くなった。

腕時計で時間を確認し、足を早める。

街灯も家の明りもポツポツとしかなく、寒さにマフラーを頬まで上げる。

初めて来た時と、ほとんど変わらぬ風景。

5分位歩いて、一軒の家の前で立ち止まる。

チャイムを押し、中から声がするのを待つ。

風が吹き、トタン屋根がガタガタと鳴る。

微かに声が聞こえて、ドアが開く。

「どうせ鍵は開いてるんだ。入ってくればいいのに。」

「それはわかってるんですけど……開けて欲しいんです。」

私が笑うと、彼も笑う。

穏やかな顔を見ながら、後ろ手でドアを閉め、鍵を掛ける。

この家に鍵がかかるのは私が来た時だけだ。

彼が奥の部屋に入って行く。

私も続く。

古いストーブの灯油の匂い。

電気ヒーターは少し大きく、新しくなっている。

彼は椅子に座り、描きかけのキャンバスを眺める。

「少し、温まってからにしようか?」

「いえ、大丈夫です。」

私はコートを脱ぎ、セーターも脱いでネクタイを緩める。

悴(かじか)む手足を少しだけ温め、シャツのボタンを外す。

この部屋は、私の為に温めてある。

そう思うだけで笑みが漏れる。

「どうした?何が楽しい?」

「なんでも……。」

私はネクタイを放り投げ、シャツをその上に落とす。

彼は少し変な顔をし、鉛筆の背で頬を押す。

えくぼのような凹みが、彼を子供のように可愛らしく見せる。

また笑う私を無視して、鉛筆を握り直すと、私の準備を待たずしてつぶやく。

「じゃ、始めようか。」

「……はい。」

彼の視線が鋭くなって、スケッチブックを広げる。

彼の中指が、握った鉛筆をスルッと滑る。

期待に震える私の体は……彼の視線に恍惚としてくる。

その体をストーブの前に横たえ……。

淫らで崇高な、二人だけの時間が始まる。



エンドロールが流れると、会場中から拍手が起こる。

フィルムフェスタの目玉と称される教え子の作品は、なかなかよくできている。

全体を彩る、どこかレトロな色味が、作品のエロティシズムを

重厚感のあるものに仕上げている。

わかりやすいストーリーもいい。

この後は彼のトークショーだ。

私は時計を確認し、途中で席を立っても迷惑にならない場所……一番後ろに移動する。

教え子が、司会者と一緒にスクリーンの前に立つ。

盛大な拍手と共に、観客が立ち上がる。

教え子が満足そうに会場中を見回し……私に気付いてニコッと笑う。

笑顔は昔と変わらない。

司会者が、観客に席に着くよう促すと、観客はざわざわと席に着いて行く。

やや静かになった所を見計らって、司会者が手にしたマイクを顔に近づける。

「大好評でしたね。」

教え子が嬉しそうに笑う。

「ありがとうございます。」

「この作品の菊池監督です。」

司会者が教え子の背に手を添えると、また大きな拍手が起こる。

「最初にお聞きしてもいいですか?

たぶん、会場中が聞きたいと思っていると思うんですが……。」

「なんでしょう?」

「これは……フィクションなんでしょうか?ノンフィクション?」

教え子は伏し目がちに司会者を見つめる。

「ノンフィクション……を期待していると思いますが……フィクションです。

 僕の創作です。もちろんヒントになるエピソードはありますが……。」

教え子がチラッと私の方を見る。

これだけ遠くてわかるかどうかわからないが、大きくうなずいて見せる。

「エピソードと言うのは?」

教え子は少し首を傾け、考えるようにして話し始める。

「この映画は、僕が大学生の頃、撮ろうとして撮れなかった映画なんです。」

「撮れなかった?どうして?」

「僕の力量の無さと、役者不足ってところですかね。

 出演して欲しい人はいたんですけど、OKがもらえなくて。」

「それは残念でしたね。」

「はい。やっと、10年の時を経て、

満を持して、思い描いた通りの作品を作ることができました。」

観客席から拍手が沸き起こる。

「元になったエピソードと言うのは?」

「それは……ちょっと恥ずかしいんですけど、ちょうどその頃、

ひと目惚れってやつを初めてしましてね……。」

「監督が!?」

「はい……初めてだったんですよ、ひと目惚れ。ありますか?」

「いえ私は……。」

「その一目惚れから端を発しましてね、僕が……。」

教え子の話は続いていたが、そろそろ出なくてはいかない時間だ。

私は静かに立ち上がり、席を離れる。

教え子の声が聞こえる。

「……感じたんですよね。その中にあるエロティシズムを……。」

後で手紙を送ろう。

ありがとうと感謝の気持ちを込めて。

私は音のしないよう静かにドアを閉め、会場を後にした。



古いドアの前でチャイムを押す。

なかなか声が聞こえてこない。

ドアを開け、中に入る。

奥の部屋には見慣れた背中。

ホッとして、部屋に入って行く。

私に気付いた彼が振り返る。

「ああ、すまん。気づかなかった。」

「また夢中で描いていたんですか?」

肩に手を置くと、白いものの混じった髪が、私の指をくすぐる。

「教え子の作品はどうだったの?」

「とてもよかったですよ。ストーリーがすばらしい。」

私が意味深に笑うと、彼も子供のような笑顔を見せる。

「そうか。よかったね。」

彼は筆を置いて、肩に置いた私の手を握る。

「彼は約束を守ってくれてました。」

「約束?」

「ノンフィクションのようなフィクションのようなノンフィクション。」

「ノンフィクション……?」

彼が笑い、振動が私の体を揺らす。

「難しかったんじゃない?」

「たぶん……。」

私はコートを脱ぎ、ネクタイを緩める。

「寒くない?」

「十分あったかいです。」

私はそう言って、コートをハンガーにかける。

彼は、キャンバスを指でなぞろうとして止まる。

「まだ乾いてなかった。」

私は笑ってストーブの前にあぐらを掻く。

「もうちょっと描きますか?」

彼はうなずいて私を見つめる。

部屋中に溢れる、様々な歳の私の裸像に囲まれて。

一つ一つが私達のストーリー。

歳を経てもなお、続くストーリー。










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