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STORY

STORY scene#3

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初めて降りる駅だった。

男以外降りる人もいなくてね。

改札には駅員さんがいたけど、切符を台の上に出してほぼ素通り。

新宿から私鉄に乗って、30分位かな。

そこからさらにバスに乗って20分。

バスを降りてびっくりしたよ。

都内とは思えないほど長閑な……と言うか、寂れたところでね。

バイト先があったのは神谷町で、まぁ、東京の真ん中だよね?

そこから1時間ちょっとでこんな田園風景が広がってる。

東京も意外と広いんだなぁって。

男の実家は文京区で大学は港区だったから、まぁ、そう思っても仕方ないよ。

都心の畑なんて、せいぜい一区画くらいだからね。

新聞に載せる写真は展覧会で撮らせてもらってたから、

広告主と会うのはこれが最初で最後になる。

もちろん、広告主が続けて載せてくれれば話は別だが……そんな感じではなかったからね。

振り込みにもできるところを、銀行が近くにないと言うので、

わざわざ広告主のところまで行ったんだけど……。

当時の相場がどれくらいか分からないが、

7㎝×10㎝くらいの広告で10万円は、男から見たら相当高い。

男は何件か集金したことがあったが、歯科医や定年後の趣味で描いてる人達ばかりでね。

広告を出す人は、わりと生活にゆとりのある……

若い頃の夢が忘れられない人と言うイメージだったんだ。

バス停には形の違う椅子が5つ並んでいてね。

それが寂しさと哀愁を感じさせて。

こんなところに広告主はいるんだろうか?

いや、土地持ちと言うのは郊外の方が多いから、

きっとそういう人なのだろうと自分に言い聞かせながら、

畑の中の唯一舗装された道を歩いたんだ。

男には多少の罪悪感があった。

ほら、詐欺まがいの広告だったから。

もしかしたら、よくわからず掲載したんじゃないかってね。

善良な人を騙すのは気が引ける。

いや、もちろん過去の広告主達を善良じゃないと言ってるわけじゃないんだが……。

どうも、この町の雰囲気が寂れすぎていたからね。

大きなスーパーもデパートもなく、男が歩いた道で唯一見かけたのが、

小さな定食屋だけだったから。

その定食屋だって、人が入っているのかいないのか……。

それ以外は古い民家と畑のみ。

男の気持ちはどんどん落ちていったよ。

逆に罪悪感が大きくなっていく。

広告主の家は事前に地図で確認してある。

もう少し歩けば右手にあるはず……。

男は、広告主の家の前で愕然としたよ。

何度も住所と表示番を確認した。

間違いない。

この家が広告主の家だ。

そう確信して顔を上げた。

目の前の家は……今にも崩れ落ちそうなあばら家でね。

昔の平屋アパートって言えばわかるかな?

それをちょっと広めにしたような印象だ。

しかもかなり古い。

こんな家に住んでいる人があんな小さな広告に10万円も払ってくれるのか?

男は半信半疑でチャイムを押した。

玄関に小さなチャイムが付いていたんだよ。

かろうじて。

でも、音が鳴っている様子はなく、仕方なくドアをノックする。

ドアは大きな音を立てたが、すぐにシーンと静まり返る。

今日来ることは連絡してある。

家にいないはずはない。

しばらくドアの前で待っていると、中からごそごそ物音がして、

カチャッとゆっくりドアが開いた。

中から出て来たのは、40代後半くらいの男で、黒いズボンにこげ茶色のセーター、

髪はきちんと切られていたがぼさぼさで、あまり身なりを気にする風ではなかった。

それでも絵を描くだけあってか、なぜかちょっとお洒落に見えてね。

「あの……報日堂の……。」

広告主らしき男は訝しそうに男を見ていてね。

集金に来ることは伝えてあるんだから、広告主ならそんな顔はしないはず。

まさか、間違えたか?

男は確認するようにゆっくり話す。

「大野さんの……お宅でよろしいでしょうか?

 ご連絡していました……集金の件で……。」

おどおど話す、どう見ても社会人には見えない若造を、広告主はどう思ったか……。

広告主……大野さんは少し眉を上げ、思い出したように小さくつぶやいた。

「……ああ。」

久しぶりにしゃべったような、くぐもった声。

電話の声と同じかどうか、これだけでは判別できない。

広告主はポケットから銀行封筒を取り出し、無造作に男に差し出す。

男は封筒を受け取り、中を確認する。

「一、二……確かに。」

札の枚数を数え、鞄の中から領収書を取り出す。

持ってきたものはそれだけだ。

すでに書き込んである領収書を差し出し、大野さんに渡す。

「ん……。」

さっきよりややトーンの上がった声。

そして、さっきより、じっと男を見る大野さんの視線にドキッとする。

もう少し……声を聞けば、本人かどうか確認できるのに。

男はそう思ったけど、相手が現金を差し出してるんだから、確認する必要なんかない。

罪悪感からか、いたたまれなかったからなのか、男が玄関から動けずにいると、

風が吹き、ドアをガタガタ揺らした。

冷たい風でね、思わず身震いするほどで。

すると、大野さんがチラッと家の中へ視線を流す。

「少し……温まっていくか?」

ここで辞退すれば、この人とはもう一生会うことはない。

早く帰らなければ、社員がぶつくさ言うのはわかっていたが、男は小さくうなずいて、

ドアの中に入った。

たぶん……男は、大野さんの声が聞きたかったんだろうね。

間違いなく広告主だと確認したかったと言うよりは……、

電話でも言葉の少なかった広告主の、少しでも明るい声が

聞きたかったじゃないかと思うんだ。










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