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明日に向かって(やま)

明日に向かって吠えろ ~ 或る作家の呟き ~

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「先生、できてますか?」

「ああ、そこにある。」

私は返事をしながらキーを打ち続ける。

座卓の上のモニターには、次々に文字が打ち込まれていく。

二宮君が、プリントした原稿とUSBを手に、カチャカチャと鳴る私の手元を見つめる。

「どうしたんだね?」

いつもなら、用件が済むと即座に調理人の所へ急ぐ彼が、足を留めたことを不審に思う。

「いえ、『秋春』の方も順調ですか?」

「ああ、まだ途中だが、〆切には十分間に合う。」

「先生、『マルカワ』の方にも連載ありましたよね?ミステリーでしたっけ?」

「そうだ。ミステリーはあまり得意ではないが、智が結構気に入っているのでね。」

智と言うのは私の恋人だ。

付き合って、2年が経とうとしている。

正確には1年11ヶ月と26日。

「純文にミステリーにBL……。ほんと先生は多才ですよねぇ。」

「なんだ?節操がないと言いたいのか?」

「そうではありません……ただ……。」

「……ただなんだ?」

私は手を止め、二宮君を見る。

「書けなくなること……ないんですか?」

「……ないな。」

私は腕を組み、二宮君を見上げる。

二宮君はやっぱりと、半ば呆れたように目を瞠る。

「もちろん、書いていれば悩むことはある。

 どう表現しようか、渾身の一文を探して筆が止まることはある。」

「先生でも止まるんですか?」

「当たり前だ。私は万能ではないし、不器用だ。呼吸をするのも難しいくらいにね。

 だから書くのだよ。わからないかな?」

二宮君が、首を傾げる。

「日々日常に起こる出来事……智と一緒に散歩したり、その為に玄関で待っていたり。

 目の前を通り過ぎた子供がはしゃぎすぎて転び、旅館の半被(はっぴ)を着た智が、

 にっこり笑って子供を助け起こしたり。

 私の絵を描くと言う智が、筆を動かしながら口を尖らせたり。

 それは私にとって息を吸うことに他ならない。

 君だって、息を吸ったら吐くだろう?

 吐く行為が私にとって書くと言うことなのだよ。

 わかるかな?」

「……ノロケだと言うこと以外、さっぱり。」

二宮君が映画に出て来る外国人のように首を竦める。

「智も書くと言うことも、それがなければ生きてはいけず、それがあるから生きていける。

 そういう物だ。」

「ふぅん、幸せですね、先生は!」

二宮君は笑って部屋を出て行く。

私が幸せ?

何を持って幸せとするのか、それは人それぞれだから、

二宮君の言った幸せがどういう類のことなのかはわからない。

わからないが……私は自分が幸せかどうかということを、考えたことはない。

考える意味もわからない。

そんなこと、考えなくても原稿は埋まり、智が私の腕の中で微睡む。

それだけで十分だ。

「先生!二宮さん帰ったんだね!」

智がガラッと部屋の戸を開ける。

「智。いつも言っているだろう?開ける前にはノックしてくれ。」

「……ごめんなさい……今日はずっと仕事だったから……早く先生に会いたくて……。」

智の顔がサッと曇り、半被の裾をぎゅっと握る。

そんな顔をさせたいわけじゃないが、そんな顔も可愛い。

私は智の手を握り、グイッと引っ張る。

「あっ……。」

智の体がよろめき、私の膝の上に落ちて来る。

「どうして二宮君が帰ったことがわかったんだね?」

「……調理場で潤と話してたら、二宮さんが来たから……。」

「調理場で……二人で?」

「ち、違うよ!」

私の顔を見た智が、どもりながら言い訳をする。

いったい私がどんな顔をしたって言うんだ。

怯えた顔で、喋りベタな智が、手振り身振りも使って話し出す。

「ま、雅紀も一緒だよ。調理場だし!

 二宮さんと潤の邪魔になっちゃうから……すぐこっち来たし。」

「……私に会いたくて急いだのではなかったのかな?」

私がじっと智を見ると、智はふて腐れたように窓の方を向く。

「会いたくて急いだけど、会いたくなくなった!

 仕事に戻る!」

智が私の膝から立ち上がろうとしたところを、ぎゅっと抱きしめる。

「このまま行かせると思うのか?」

「い、行くから離してっ!」

「離すか!」

智の唇を塞ぎ、片手で抱きしめ、片手で背中を撫でる。

「っや……。」

深く合わせた唇に舌を送り込み、唾液を貪る。

「んっ……せん…せ……。」

唇を合わせながら、作務衣の合わせに指を沿わせる。

「ダ、ダメっ……!」

顔を背け、合わせを握った智がじっと私を見つめる。

「まだ……仕事中。」

「だったらすぐ終わらせておいで。

 私は息を吸わなければ生きていけないんだからね。」

「え?」

智が何を言っているの?といった面持ちで、私を見上げる。

丸く開いた目が可愛い。

尖らせた唇が可愛い。

なんだかんだ言っても、膝の上で安心しきった顔が可愛い。

今朝吸った息は吐き切った。

また息を吸わないと、私の健康状態が損なわれる。

智の頬に頬を当て、耳元で囁く。

「今晩は満月だ。」

「中秋の名月は昨日だよ?月見団子、食べたじゃん。」

「そうだね。でも私は満月を見ながら智を抱きたい。」

「せ、先生……。」

智が顔を赤らめ、急いで私の上から下りる。

「だから、早く仕事を終わらせておいで。待ってるから。」

座卓に肘を付き、その上に頬を乗せて智を見送る。

「う、うん……。」

智の頬は赤いまま、戸の向こうに消えて行く。

まだ陽が暮れるまでには時間がある。

私はキーを打ち、新しい原稿用紙を画面に出す。

次の話は、雑誌『JULY』の新連載。

満月の夜、男を抱くと狼男に変化する男の話だ。

智に出会ってから、私は呼吸に困ることがない。

穏やかであったり、激しかったりはするが……、

そのどちらも、なかなかどうして、体には良さそうだ。

読者の数も増えているから、

私の体と世の志向は合致していると言って、差しさわりないだろう。

私は一行目を打ち始める。

息を吸ったら吐かねばならない。

吐いた呼吸は長く緩やかに。

生きていくとはそう言うことだ。

私は……十分、幸せなのかもしれない。










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