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愛してると言えない(やま)

愛してると言えない 18話

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違う……。

自分に言い聞かせるように首を振る。

暑さと、蝉の声と、非日常的なこのアパートが、俺を騙そうとしているに違いない。

大野はシュッシュッとヤスリを掛け続ける。

俺は黙ってそれを見続けた。

短く切りそろえられた爪。

その間に入り込んだ油。

仕事をする男の指……。

大野のおだやかな空気が、俺を包んでいく。

規則的な音が、俺の気持ちを落ち着かせてくれるのか。

潤の事件があってから、落ち着くことなどなかった。

ただひたすら情報を集め、潤の無実を信じて……。

潤は……少しでも穏やかな時間を過ごせているだろうか?

忘れてはいけない。

どんなに穏やかに、落ち着いた時間を過ごせたとしても、

潤は……俺が潤の無実を証明することを待っている。

俺を……待っている……。



翌日、仕事を早々に切り上げ、アパートへ急ぐ。

大野との約束は日付の変わる12時だが、その前にやることを全て終えておきたい。

急いで風呂に向かう。

今日はここ数日で一番ムシムシする。

さっぱりして、時間があったら少し寝ておくか……。

銭湯に着くと、昨日と同じように大野がコーヒー牛乳を飲んでいた。

「お疲れ様です。」

「おう、来たか。」

腰にタオルを巻いただけの恰好で、大野がニカッと笑う。

「今日のお湯も気持ちいいぞ。早く入って来い。」

大野が瓶をトレイに戻す。

ガシャッと音がして、大野が俺に近づいてくる。

「今日の……12時ですよね。」

俺はシャツのボタンを外しながら、大野に向かって囁く。

「……本当に本気なんだな?」

「……もちろん。」

大野は溜め息をついて、着替えに手をのばす。

「12時に、美咲の部屋の前で。」

大野の手が、洗濯したてのTシャツを広げる。

「……わかりました。」

シャツを脱ぎ、丸めてロッカーに放り込む。

隣の女湯から、子供の泣き声が響いてくる。

「ダメだって言ってるでしょ!コーヒー牛乳は上がってから!」

お母さんの声が、反響する。

大野が優しい顔で笑う。

「大野さんも、小さい頃、あんな風に泣いたんですか?

 コーヒー牛乳~って。」

和らいだ空気に、俺が少しふざけた調子で言うと、大野は笑いながらTシャツを着る。

「うちは親父が俺を抱えて大変だったから、

 風呂上りのコーヒー牛乳は唯一の贅沢だったんだ。

 親父が帰って来て、一緒に風呂に行くのが楽しみで。

 コーヒー牛乳めあてだな?風呂自体はあんまり好きじゃなかった。」

大野の口調は明るい。

なのに、小さな大野が、お父さんの手を引っ張って銭湯に行く姿を想像して……。

なんだか切なくなってくる。

そのお父さんも他界し、恋人まで……。

「お坊っちゃんにはわからねぇ楽しみだな?」

「わ、わかりますよ!」

「今じゃ、コーヒー牛乳よりビールの方が旨くなった。」

いつの間にか着替え終わった大野が、俺の肩をポンポンと叩く。

「早く飲みたいから、帰るぞ。」

「はい……。」

大野にとってコーヒー牛乳は父親との思い出?父親への思慕?

大野が番台に向かうのを見て、俺も急いで服を脱いだ。



仮眠から目が覚める。

ハッとして時計を見ると、約束の12時の10分前。

頭を掻いて、鏡に顔を写す。

寝起きの顔はぼーっとしていて、これから他人の部屋に侵入しようとする顔には見えない。

ブンブンと頭を振り、パンパンと頬を叩く。

何も見つからないかもしれない。

それでも、他に手がかりが見つかりそうな術がない。

どんなことでも、やるだけやってみなくては。

軽く寝癖を撫でつけ、部屋を出る。

鍵を掛け、隣の204号室の前に立つ。

俺の部屋と同じ形の扉。

顔の高さより少し下に、ダイヤ形の磨りガラスがはめ込まれている。

中は見えないが、人影はわかる。

その上に部屋番号が付いている。

美咲の部屋、204号室のプレートの数字は紫。

生前の美咲が毎日見ていたはずの扉。

この扉を開けることは、被害者への冒涜とならないだろうか?

いや、美咲だって自分の死の真相を知ってもらいたいはずだ。

自分を本当に殺したのが誰なのか。

なぜ、殺されなければならなかったのか。

そんなことを考えながら扉を見つめていると、ガチャッと、大野の部屋の扉が開いた。

「早ぇな。」

風呂上がりと同じ、ハーフパンツとTシャツの大野が、ゆっくり俺の方へ歩いてくる。

「5分前行動なんです。」

俺がそう言って笑うと、大野も笑う。

「らしいな。」

大野が隣に並ぶ。

「下の鍵は閉めて来た。二宮はやっぱり帰らない。」

「二宮さんから連絡あったんですか?」

「朝、工場に顔出して、そう言って出てった。」

「じゃ、今頃は家族水入らずだ。」

「父親が嫁にデレデレする姿なんか見たかないって言ってたけどな?」

大野はクスクス笑いながら、扉の前に膝をつく。

ポケットから、先を曲げた針金を取り出し、鍵穴に差し込む。

「用意がいいですね。」

俺もジャージのポケットから、買ったばかりの針金とヘアピンを取り出す。

「お前もな。」

大野が、差し込んだ針金をカチャカチャと動かす。

「大野さんなら、見たことない工具とか持って来ると思ってました。」

「そんなの持ってたら、本職だろ?」

「でも、ほら、細いドライバーとか……。」

「先が曲がってないと引っかからないんだよ。」

「そうですけど……。なんか、チャチャッと開けちゃいそうなイメージです。」

「どんなイメージなんだか。」

大野はしゃべりながらも針金を動かし続ける。

「ダメだな。ちょっと柔らかい。針金が曲がる。」

大野は針金を引き出し、先を撫でて角度を変える。

「俺の針金も試します?」

袋をバリッと破いて大野に渡す。

大野は渡した針金を確認し、先を少し曲げて鍵穴にそっと差し込む。

「ん……こっちの方がいいか……。」

カチャカチャと針金を動かし、最後にそっと回す。

「あ……。」

大野の隣に顔を並べ、ゆっくり回る針金をじっと見つめる。

最後の最後で、針金がカチッと外れた音がする。

「あ~、もう少しだったのに!」

俺が地団駄踏むと、大野が笑って、針金を鞣(なめ)す。

「焦るな。これならちょっと弄れば……。」

大野が先の角度を変え、もう一度鍵穴に差し込む。

再度の挑戦も、数回失敗に終り、俺が欠伸を噛み殺しながらヘアピンを広げようとした時、

大野の手元から、カチャッと鍵の開いた音がした。

二人で顔を見合わせる。

「開いた?」

俺の問いに、大野の手がノブを握る。

ゆっくり回すと、204号室の扉が開いた。










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