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愛してると言えない(やま)

愛してると言えない 11話

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俺は足早に店を出る。

工場に行って、工場長の奥さん……アパートのオーナーに挨拶がてら話を聞き、

夜……できれば、大野か相葉と話がしたい。

明日からは仕事が始まる。

昨日今日のように動くことはできなくなる……。

俺は工場への道を急いだ。

時計を見ると、まだ5時を過ぎたところ。

太陽は傾き始めているが、暑さはまだ続く。

喫茶店を出て5分とせずに汗が首筋を伝い始める。

「そうだ。シャワーの件も言わないと。」

工場の前で躊躇する。

どこから入って行けばいいか……。

中を覗くと、まだ2台の機械が動いている。

手前が背の高い若い男で、奥で機械を動かしているのは大野だ。

大野が額の汗を手の甲で拭い、機械を止める。

陽が傾き、工場の奥まで差し込んだ光が、大野の手を浮き上がらせ、ドキッとする。

ところどころ黒く汚れた手が、神聖に見えるのは、ここが工場だからか。

大野が俺に気付いて近づいてくる。

「どうした?風呂は仕事が終わってからだ。今すぐには……。」

「違います。オーナーにご挨拶しとこうと思って……。」

「オーナー?……ああ、アパートの。事務所にいるんじゃないかな。

 あ……風呂のことは言うなよ?」

大野がズンズン歩いて、奥の事務所の戸を開ける。

「舞ちゃん、お客さん!」

事務所は、後から作られたような、隅に囲われたプレハブで、

その中だけは冷房が利いているのか、涼しい顔をした60代くらいの女性が顔を出す。

「はいはい。誰?」

大野が手で、俺を指し示す。

「あ、今度203号室に越してきました櫻井です。」

一緒にいてくれるのかと思ったが、大野は仕事に戻って行く。

「ああ、あなたね。入ってくれて助かるわ。」

オーナーは愛想のいい笑顔で、俺を事務所の中へと促す。

「これからお世話になります。」

「こちらこそ。何かあったら言ってね。

 近くに住んでるから、トイレットペーパーや何かは私が補充してるから。」

「そうなんですね。助かります。」

やはり、事務所の中はクーラーが利いていて過ごしやすい。

ごちゃごちゃと書類やファイルが山積みにされ、

壁には証明書やら表彰状やらが、額に入れて掛けてある。

「いやね、このまま人が入らないようなら、もうあそこは潰しちゃおうと思っていたの。

 建物も古いし、私も歳とってきたから。」

事務机の脇の、小さな椅子を勧められる。

「いい建物なのに。レトロな風情も情緒があって。」

「うふふ。若い人には珍しいわね。智ちゃんもそう言ってくれるんだけど、

 普通の若い人はそうは思ってくれないみたいで。

 ここの工場でも、あそこに住んでるのは智ちゃんだけになっちゃって。

 それに加えてあの事件でしょ?」

オーナーはあの事件を隠す気はないらしい。

手早く麦茶を入れ、俺に差し出す。

「僕もびっくりしました。」

会釈しながら麦茶を受け取る。

「そうでしょ?大丈夫だとは思うけど……、

 ほら、その類の……夜ドアが鳴るとか、壁に染みができるとか……。

 そう言うのがあったら遠慮せず言ってね。」

「は、はぁ……。」

全く考えていなかった。

……同室でないから、事故物件にはならないのか。

もちろん、事故物件だと言われてもあそこ以外に住む気はなかったが……。

「あの……。」

それよりもシャワー……と思って、大野の言葉を思い出す。

まぁいい。大野が直してくれるならそれで……。

直らなければ、その時に話せばいい……。

「あの、智ちゃんって、大野さんとは親戚か何かで?」

言い掛けた言葉を繋げなければと、大野の話を振ってみる。

オーナーがクスッと笑う。

「違うわ。あの子のお父さんが、うちの人の高校の後輩だったらしくって。

 もちろん、歳も全然違うから、知らなかったみたいだけど。」

「それでなんでまた?」

「智ちゃんのお父さんのお葬式で……あの子を見つけて連れて帰ってきちゃったの。

 ちょうど弔問客に知り合いがいたみたいで。」

「知り合い?」

「そうなの。高校の部活の後輩。ウチの人、柔道部で主将だったから、

 卒業してからも練習見に行ったりしてて、知ってたのね。」

オーナーが自分の麦茶を口へ運ぶ。

俺もそれに倣う。

ホッと息を付き、オーナーが話を進める。

「智ちゃん、高校卒業して、ちゃんと働いてたんだけど、

 お父さんの介護で続けられなくなってね、

 貯金を切り崩して介護してたらしいんだけど……。」

その甲斐もなくお父さんは亡くなった……。

窓から、見えるはずもないのに大野を探す。

もちろん、見えるのは暗がりに薄っすら浮かぶ機械と、

何が入っているかわからないコンテナの山。

それで工場長は大野を拾ってきたのか。

「でも今じゃ、なくてはならない人だから。智ちゃんは。」

「そうですね。仕事してるところを少し覗かせてもらいましたけど……。」

汗の滴る仕事は、男を男らしく見せる。

「そうでしょ?すっごく難しい仕事でも、智ちゃんに任せればなんとかしてくれるのよ。

 0.1ミリ以下の仕事は、この工場じゃ、うちの人と智ちゃんしかできないわ。」

事務所のドアがカチャッと開く。

「舞ちゃん、話、終わった?」

俺には見せない顔で大野が微笑む。

「ええ、櫻井さん、ご挨拶に見えただけだから。

 いろいろ教えてあげてね。智ちゃんなら大丈夫だと思うけど。」

「だから、その呼び方、恥ずかしいって。」

「私から見たら、智ちゃんなんて、子供か孫みたいなもんなんだから。」

「孫はないだろ?舞ちゃんじゃ若すぎる。」

「うふふ。そんなこと言ってくれるの智ちゃんだけよ。

 うちの人なんて、ばばぁ呼ばわりなんだから。」

「親父さんが?今度言っといてやるよ。」

「ふふふ。で、どうしたの?」

「あ。」

大野は思い出したように俺を見る。

「帰るなら、手伝え。」

手伝う?

何を?










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