愛してると言えない(やま)
愛してると言えない 7話
2018.08.23 *Edit
「う~ん、少しはよくなったかな~。」
二宮が肩をクルクル回しながら、首も回す。
「漫画家って肩が凝るんですね。」
「そりゃそうよ、一日机に向かってカキカキしてるんだから。」
コーラを煽り、大人にしては小さな可愛らしい手で、傍らのポテトチップを摘まむ。
「で?画伯が聞きたいのは事件のことだっけ?」
「ええ、何が起こったんですか?」
「……殺人事件。」
二宮はニヤリと笑って、またポテトチップを口に放った。
二宮の話は、俺の知ってることがほとんどだった。
「……ということは、その男の叫び声を聞いて、二宮さんが駆け付けたと。」
「そうそう、びっくりして。
描きながらいつの間にか寝てたんだなぁ。飛び起きたよね。」
「で、あの部屋を見たら……。」
「血の海よ。」
二宮の顔は、明らかに俺を怖がらせたがっていたので、俺はそれに乗って怖がって見せる。
「ぞっとしますね……。」
「だろ?」
二宮がポテトチップをパリッと食べる。
「でも……。」
俺は考えるように顎を撫でる。
「女の悲鳴は聞こえなかったんですね?」
「そう言えば……そうだな、聞いてない。」
「不自然ですよね。襲われたんなら、女の悲鳴で目覚めそうなものなのに。」
「ん~、でも、口を塞いで刺されたのかもしれないし、
俺が気づかなかっただけかもしれないし。
一概に不自然とも言えないんじゃないの?
犯人の手には血がべったりついてたから、疑う余地なし!」
「血が?」
「俺が入った時、血の付いた手で携帯かけてた。」
それは警察と救急車に電話してた時だろう。
「被害者の女ってどんな人だったんですか?」
「どんなって……普通の女子大生よ。
でも、こんなとこに住んでるくらいだから、あんまお金はなかったんじゃない?
いつもパッとしない恰好してたし。」
写真で見た柴山美咲はそんな感じではなかったが……?
服装も、そこそこ小奇麗にしていたし……。
「ああ、たまにおしゃれして出て行く時があったな。
あれ、デートの時だったのかなぁ。」
「彼氏はいたんですか?」
「どうだろ?いてもここには連れてこないでしょ?」
二宮が天井を見回す。
木目がそのままの天井はところどころシミで黒くなっている。
裸電球が似合いそうな風情だ。
「そうですね……女子大生向きの部屋ではなさそう……。」
「画伯だってそうよ、ここには似つかわしくないから。」
「そうですか?」
俺が頭を掻くと、二宮がまたニヤッと笑う。
「なんの為にここに来たの?本当は事件関係者?」
「ち、違います!」
慌てて否定する。
犯人の恋人だとわかったら、警戒されて話も聞けなくなる。
「じゃ……二宮さんには正直に話しますけど……。
確かに俺の実家はそこそこ裕福です。
……でも、先日、親父に勘当されまして……。」
「勘当!?」
「はい……。家を継ぎたくないと言ったら、それならここを出て行け!と……。
だから、今はこのアパートが相応なんです。」
なまじ全部うそじゃない。
潤とのことを考えてから……親父の跡を継ぐのは辞めようと思っていた。
跡を継げば、世間の冷たい視線に潤を晒すことになる。
それくらいなら、二人で知らない土地で暮らす方がいいのではないか、と。
「イマドキあるんだな?そんな話。」
「そうなんですよ。」
二宮の目に少し同情の色が浮かぶ。
「で、画伯の実家って何してるの?」
……考えてなかった……ちょっと裕福で跡を継ぐような家……。
「さ、酒蔵です!」
「酒蔵?」
「はい。でも俺、あんまり呑めなくて……。
蔵にいるだけで酔いそうで……。」
「そりゃ、継ぎたくないわ。」
「はい……。」
二宮は信じてくれたのか、俺の背中をバンバン叩いた。
「大丈夫。人間、なんとかやっていけるもんよ?」
「はぁ……。」
さて、どうやって美咲の話に戻そうか?
このまま脱線し続けられては困る。
しかし、幸運なことに二宮から話を振ってくれた。
「そうだ、柴山さんと仲良かった人、いたいた。」
「え?誰です?」
「近所の中華料理店の店主。」
「店主?」
「店主って言ってもまだ若いよ?俺らと同じくらいかな?
あ、画伯はいくつ?」
「俺は24ですけど……。」
「え?そんなに若いの?落ち着いてるからもっと上かと思った。」
「よく言われます……。」
肩を下げてそう言うと、二宮が塩の付いた指をペロッと舐める。
「いいことじゃん。俺なんて、いつまでたっても17くらいって言われるよ。」
確かに、二宮なら制服を着ても通用しそうに見える。
「二宮さんはいくつなんですか?」
「俺?22。」
22……潤と同じか……。
「二宮さん、彼女はいないんですか?」
「彼女?俺の恋人は漫画だから!」
二宮はふざけたようにそう言って、最後のコーラを流し込んだ。
「ちなみに大野さんは25だったかな?」
空になったペットボトルに蓋をする。
二宮が若く見えるのはこの手のせいもあるのだろうか。
丸く厚みのある手は子供のようだ。
「大野さんも落ち着いてますよね。」
「ああ、あの人苦労してるから。」
「苦労?」
「らしいよ?なんでも、小さい頃に両親が離婚して、ずっと父親と二人暮らしで。
その父親も病弱で、もういないって話だから。」
「それは……大変でしたね……。」
「でも、いい人よ?たまにハンバーグ作ってくれるし。」
二宮がチラッと時計を見る。
そろそろ帰った方がいいか……。
でも最後に……。
「大野さんも付き合ってる人はいないんですか?」
「付き合ってる人?いないんじゃないのかな?
女っ気、なさそうだもん。工場、男ばっかだし。」
「その……亡くなった人と親しかったとか……。」
「柴山さん?それはないんじゃないかな?
そんな雰囲気はなかったよ。普通にしゃべってはいたけど。」
……親しくなかった?
なのにあのセリフ?
二人の関係は隠すようなものだったのか?
なぜ?
やはり美咲の恋人は大野?
俺は二宮に暇を告げ、アパートを出た。
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