果てない空 -35-

その日は舞台の通し稽古だった。

レッスン室で、最初から最後まで通して行われる。

翔ははにかみながら、でも大胆にマリアに恋をした。

そして、問題の歌の場面…。

どうしても声が出ない。

本番は目前に迫っている。

これ以上、喉に負担をかけることもできない。

翔の顔から表情が消えた。



演出家からのダメ出しも翔に集中した。

声が出ないことではない。

演技が続かないことが指摘される。

主役なんだから、堂々と自信を持って…。

言われたことは理解している。

でも、自信がなくて堂々とできない。

顔を上げることができなくなる。

顔を上げても、自分がどんな顔をしているのかわからなくなる…。

そんな翔を大野と松本は心配そうに見ていた。



通し稽古が終わり、大野と松本は翔を食事に誘った。

気分転換も必要だと、半ば強引に連れて行く。

松本がよく行く、個室のあるイタリアンの店に行くことになった。

店に着いても翔のテンションは上がらない。

席に着くと、大野と松本は他愛もない話をして、翔の様子を伺った。

「松潤、いつもこんなお洒落なお店に来るの？」

店内をキョロキョロ見渡して、大野は松本に話しかける。

「え？まあ。ドラマで共演した人に連れて来てもらったんだ。

パスタ、とっても美味しいから食べて。」

松本はチラッと翔を見る。

翔はうつむき加減でじっとしている。

「翔さん、何食べる？」

「……なんでもいいよ。」

ぶっきらぼうにつぶやく。

「なんだよ、その言い方。」

松本が食って掛かると、大野が松本の腕を引っ張る。

「ちょっと言われたくらいで、そんなに落ち込む？」

「お前に何がわかる！」

翔が立ち上がり、松本を睨む。

「ああ、わからないね！俺達なんて、いつも言われもないこと

言われてんじゃん。当たり前のこと言われて何落ち込んでんの。」

「うるさい！」

「俺…帰るわ。今、翔さんといたら喧嘩になる。」

そう言って松本は上着を掴むと個室を出て行った。

「翔君…。」

「……わかってる。わかってるんだ。でもごめん…。俺も帰るわ。」

「おいら、一人じゃご飯食べれないよ。

ご飯だけでいいから、一緒に食べて。ね？」

大野は翔の腕を掴んでお願いする。

翔は仕方なく、席に着いた。



二人は黙々とパスタを頬張った。

大野は翔を伺いながら、パスタを口に運ぶ。

「翔君…落ち着いてきた？」

「……うん。」

翔はフォークを口に運び、水で流し込む。

「お腹空いてるとイライラしちゃうからね。」

大野はふにゃりと笑って見せる。

翔は微かに微笑んで、また水で喉を潤す。

「うん。ちょっと落ち着いたみたいだね。」

最後のパスタを口に運び、翔を見つめる。

「翔君、焦ってる？」

「そりゃあ。公演まで、後3日なんだよ？焦るよ。」

「でもさ、公演が終わるまで1ヶ月もあるんだよ？」

え？という顔で大野を見る。

「本番始まっちゃったら、焦らなくなるの？」

翔は考え込む。

「舞台はさ、毎日変わるんだよ。もちろん同じテンションを

キープできるように練習してる。でも、毎日違う、毎日変わる。」

大野はにっこり笑って、グラスを掴む。

「んふふ。焦っても意味ないんだよ。」

水を一口飲んで、喉を潤す。

「それにね、翔君は歌にこだわってる。でも翔君はトニーだから。」

「……トニー…。」

「そう、マリアに恋するトニー。そのトニーがどう変わっていくのか、

　みんな舞台を見に来るんだよ。翔君のトニーを。」

「……。」

「トニーは下を向く？」

「……大野君…。」

「ね？」

大野はふにゃりと笑って、翔の手を握る。

「翔君のトニーが見たい。」

「…トニー……。」

翔は頷いて、大野に向かって微笑むと、握られた手にもう片方の手を添える。

「……ありがとう。」