「短編」
短編(いろいろ)
トビラ ①
2018.05.26 *Edit
パキッ。
足元の小枝が鳴る。
柔らかい土に足が沈む。
樹々に遮られた太陽を仰ぎ見る。
揺れる木漏れ陽が、俺の視界を奪う。
近づくにつれ、バクバクと大きくなる鼓動。
ヒンヤリした空気を、思いっきり吸い込み息をつく。
ブルッと体が震え、少し、落ち着いてくる。
鬱蒼とした森の奥の奥。
ここに来るのは15年ぶり。
あの頃は毎日来ていた。
毎日、毎日、ここに来る為だけに起きて、
ここに来る為だけに学校に行っていた。
いや……。
正確にはそうじゃない。
あの人と会う為だけ……。
その為だけに生きていた。
ただ会いたかった。
一緒にいたかった。
それだけで全てが満たされていた。
目の前に、あの懐かしい小屋が姿を見せる。
荒れ果て、下草と樹々で、ほぼ隠された扉。
まるで、誰も近づけないよう隠されているようで……。
ゴクッと唾を飲む。
この扉の向こう……。
この懐かしい小屋の中に、あなたはまだ……いる?
久しぶりにかかって来た親父からの電話は、お見合いの話だった。
「いいよ、俺、まだ結婚なんて。」
「そうはいくか。わしらだって孫の顔は見たい。
お前は櫻井家の跡取りなんだからな。」
うちは、田舎じゃちょっと名の知れた肉屋をやっている。
爺ちゃんの代では小さな肉屋だったのに、
親父は結構商売上手で、牧場と提携して地元の牛を作ったり、
中国に勉強に行って、養鴨を始めたりして、結構大きな肉屋になった。
地元のホテルに卸すくらいには。
「で、いつ帰ってくるんだ?」
「帰る気はないよ。」
「何だと?じゃ、お前はこの家を継ぐ気はないんだな!?」
「そうは言ってないよ。」
「だったら今週末、一度帰って来い。
話はそれからだ。」
プツッと電話が切れる。
親父はいつもそう。
ワンマンにありがちな、人の話を聞かない人種。
ハァと息をついて、ソファーの上に横になる。
俺だってわかってる。
親父たちも年老いる。
大きくなった店を、誰かが継がなきゃ従業員が露頭に迷う。
妹はすでに嫁いだ。
争いなく、円満に継げるのは俺だけだ。
わかっていても、田舎に帰ることに躊躇する。
都会の生活は快適だ。
上司は面倒だけど、仕事もまぁまぁ、やりがいもある。
だけど……。
また溜め息をつく。
「俺も……そろそろ身を固めるべきなのかな……。」
天井を見ながらボソリとつぶやく。
いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
わかっていて、15年の月日が経った。
帰ることに待ったを掛ける俺と、帰った方がいいとせっつく俺。
ずっとどっちつかずで流れた時間。
ただ過ぎるだけの時間……。
結婚すれば……何かが変わるんだろうか?
壁にかかったカレンダーに目をやる。
今週末、特に予定は入っていない。
寝転がったまま、テーブルの上の缶ビールに手を伸ばす。
生ぬるいビールは……苦みだけが、ざらっと舌に残った。
週末家に帰ると、とんとん拍子に見合いの話が進む。
おふくろが、いそいそと釣書を持って来る。
相手は隣町の薬屋の娘。
美人とまではいかないまでも、笑顔の可愛らしい有名大学出の才女だ。
父親は、薬局なんたら協会の会長らしい。
俺には過ぎた相手。
親父もどこから見つけてくるんだか……。
俺が帰って来たのを逃すまいと、
次の日にはお見合いがセッティングされ、親父が返事までしてしまう。
この見合い自体に不服があるわけじゃない。
見合い相手も好感が持てる。
結婚すれば、家庭的ないい嫁さんになるだろう。
俺も……、結婚すれば変われるんだろうか?
心のどこかでそう期待する俺が、強く断ることをさせなかった。
そのせいで、あれよあれよという間に、式場まで押さえてしまう親父達。
あまりのスピードに、見合い相手にまで心配されるしまつ。
「本当に……いいんですか?私で……。」
盛り上がる親父達の目を盗んで、心配そうに俺を見上げる見合い相手。
「それはこっちの台詞……。いいの?俺で?」
「私は……ずっと憧れてましたから。」
「え?俺に……?」
「はい。隣町の櫻井さんは高校時代、有名人でした。」
彼女が笑う。
「カッコいいって、ウチの高校でも話題になってました。」
「全然知らなかった……。」
「そうですよね?女に興味はないって感じでしたもん。」
彼女の笑い声がコロコロ転がる。
嫌な笑い方じゃない。
高校は男子校。
女っ気はまるでなかったし、興味もなかった。
「でも、卒業してから大分経つよ?」
彼女が、思い出すように天井の隅を見上げる。
「私の……初恋だったんです。淡い思いが、ずっと心のどこかにあったみたい。」
懐かしそうに目を細め、クスッと笑う彼女。
きっと、結婚しても上手くやっていける。
そう思えるくらいには、穏やかで優しい笑顔。
初恋……。
俺にとっても、忘れたくても忘れられない。
いや、忘れたいなんて思っちゃいない……。
断らないのが返事と取られ、結婚が正式に決まると、戸惑いながらも会社に辞表を書いた。
いつまでも逃げてはいられない。
いや……俺自身、きっかけを待っていたのかもしれない。
田舎に帰る、……あの、小屋に行くきっかけ……。
足元の小枝が鳴る。
柔らかい土に足が沈む。
樹々に遮られた太陽を仰ぎ見る。
揺れる木漏れ陽が、俺の視界を奪う。
近づくにつれ、バクバクと大きくなる鼓動。
ヒンヤリした空気を、思いっきり吸い込み息をつく。
ブルッと体が震え、少し、落ち着いてくる。
鬱蒼とした森の奥の奥。
ここに来るのは15年ぶり。
あの頃は毎日来ていた。
毎日、毎日、ここに来る為だけに起きて、
ここに来る為だけに学校に行っていた。
いや……。
正確にはそうじゃない。
あの人と会う為だけ……。
その為だけに生きていた。
ただ会いたかった。
一緒にいたかった。
それだけで全てが満たされていた。
目の前に、あの懐かしい小屋が姿を見せる。
荒れ果て、下草と樹々で、ほぼ隠された扉。
まるで、誰も近づけないよう隠されているようで……。
ゴクッと唾を飲む。
この扉の向こう……。
この懐かしい小屋の中に、あなたはまだ……いる?
久しぶりにかかって来た親父からの電話は、お見合いの話だった。
「いいよ、俺、まだ結婚なんて。」
「そうはいくか。わしらだって孫の顔は見たい。
お前は櫻井家の跡取りなんだからな。」
うちは、田舎じゃちょっと名の知れた肉屋をやっている。
爺ちゃんの代では小さな肉屋だったのに、
親父は結構商売上手で、牧場と提携して地元の牛を作ったり、
中国に勉強に行って、養鴨を始めたりして、結構大きな肉屋になった。
地元のホテルに卸すくらいには。
「で、いつ帰ってくるんだ?」
「帰る気はないよ。」
「何だと?じゃ、お前はこの家を継ぐ気はないんだな!?」
「そうは言ってないよ。」
「だったら今週末、一度帰って来い。
話はそれからだ。」
プツッと電話が切れる。
親父はいつもそう。
ワンマンにありがちな、人の話を聞かない人種。
ハァと息をついて、ソファーの上に横になる。
俺だってわかってる。
親父たちも年老いる。
大きくなった店を、誰かが継がなきゃ従業員が露頭に迷う。
妹はすでに嫁いだ。
争いなく、円満に継げるのは俺だけだ。
わかっていても、田舎に帰ることに躊躇する。
都会の生活は快適だ。
上司は面倒だけど、仕事もまぁまぁ、やりがいもある。
だけど……。
また溜め息をつく。
「俺も……そろそろ身を固めるべきなのかな……。」
天井を見ながらボソリとつぶやく。
いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
わかっていて、15年の月日が経った。
帰ることに待ったを掛ける俺と、帰った方がいいとせっつく俺。
ずっとどっちつかずで流れた時間。
ただ過ぎるだけの時間……。
結婚すれば……何かが変わるんだろうか?
壁にかかったカレンダーに目をやる。
今週末、特に予定は入っていない。
寝転がったまま、テーブルの上の缶ビールに手を伸ばす。
生ぬるいビールは……苦みだけが、ざらっと舌に残った。
週末家に帰ると、とんとん拍子に見合いの話が進む。
おふくろが、いそいそと釣書を持って来る。
相手は隣町の薬屋の娘。
美人とまではいかないまでも、笑顔の可愛らしい有名大学出の才女だ。
父親は、薬局なんたら協会の会長らしい。
俺には過ぎた相手。
親父もどこから見つけてくるんだか……。
俺が帰って来たのを逃すまいと、
次の日にはお見合いがセッティングされ、親父が返事までしてしまう。
この見合い自体に不服があるわけじゃない。
見合い相手も好感が持てる。
結婚すれば、家庭的ないい嫁さんになるだろう。
俺も……、結婚すれば変われるんだろうか?
心のどこかでそう期待する俺が、強く断ることをさせなかった。
そのせいで、あれよあれよという間に、式場まで押さえてしまう親父達。
あまりのスピードに、見合い相手にまで心配されるしまつ。
「本当に……いいんですか?私で……。」
盛り上がる親父達の目を盗んで、心配そうに俺を見上げる見合い相手。
「それはこっちの台詞……。いいの?俺で?」
「私は……ずっと憧れてましたから。」
「え?俺に……?」
「はい。隣町の櫻井さんは高校時代、有名人でした。」
彼女が笑う。
「カッコいいって、ウチの高校でも話題になってました。」
「全然知らなかった……。」
「そうですよね?女に興味はないって感じでしたもん。」
彼女の笑い声がコロコロ転がる。
嫌な笑い方じゃない。
高校は男子校。
女っ気はまるでなかったし、興味もなかった。
「でも、卒業してから大分経つよ?」
彼女が、思い出すように天井の隅を見上げる。
「私の……初恋だったんです。淡い思いが、ずっと心のどこかにあったみたい。」
懐かしそうに目を細め、クスッと笑う彼女。
きっと、結婚しても上手くやっていける。
そう思えるくらいには、穏やかで優しい笑顔。
初恋……。
俺にとっても、忘れたくても忘れられない。
いや、忘れたいなんて思っちゃいない……。
断らないのが返事と取られ、結婚が正式に決まると、戸惑いながらも会社に辞表を書いた。
いつまでも逃げてはいられない。
いや……俺自身、きっかけを待っていたのかもしれない。
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