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「短編」
短編(いろいろ)

暁 三話

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その日は突然やってくる。

「身請けの話が出てる。お前も知ってる桃山の御隠居だ。

 歳はいってるが、悪い話じゃない。」

若旦那が腕を組み、にこやかにうなずく。

部屋の隅の青い小鳥が可愛い鳴き声を上げ、ぴょんと渡木を飛び移る。

「そうでござりんすか……。」

小鳥を見るわちきを見て、若旦那の彫りの深い顔に深い縦皺ができる。

「なんだ、不服か?」

「いえ、そうではありんせん……。」

身請けされれば、もう翔さんには会えない。

もう二度と……。

どんなに隠そうとしても、わちきの顔が曇るのを、若旦那が見逃すはずもない。

「身請け当日まで、お前は客を取るな。」

そう言い放って、立ち上がる。

「待っておくなんし。……カズの、カズの道中をわちきの手で……。」

「カズの?」

「はい。カズもそろそろ新造に上がってもいい年頃。

 せめてそれはわちきにやらせておくなんし……。」

両の手を着いて懇願する。

少しでも長く、ここで……。

せめて翔さんには、わちきの口から伝えたい……。

若旦那はしばらく考え、顎を撫でると低くうなずく。

「よかろう。カズの道中はお前が送り出せ。

 カズの初見世は俺がみる。」

「若旦那が……?」

「俺じゃ不服か?」

「いえ、そうじゃござりんせんが……。」

「なら、つべこべ言うな。あいつは上玉だ。

 お前がいなくなった後、いい稼ぎ頭になる。」

「若旦那……。」

若旦那は振り返りもせず部屋を出る。

後ろ姿に一抹の不安が過る。

でも、拒むこともできない。

カズに、せめてもの幸せは巡ってくるのだろうか……。

わちきは頭を振って、障子の間に視線を移す。

今宵の月もよく輝く。

遊女が、人並みの幸せを願うは夢の中のみ……。

小鳥がピッと小さく鳴いて、首を傾げてわちきを見つめる。



「身請け……?」

翔さんが大きな目を見開いて驚く。

「驚くようなことじゃありんせん。

 これでわちきも幸せになれる……。」

翔さんのいないとこで、幸せになどなれるはずもない。

「智はそれでいいのか?俺と離れて、それでも……。」

翔さんの掴む腕が熱い。

「何をおっしゃいますのか。

 身請けされれば、のんびり余生を送れましょう。

 これほどの幸せがどこにござりんしょう。」

「ばかな!」

掴んだ腕をグイグイ揺すり、翔さんがわちきを抱きしめる。

「俺は……、俺は……。」

「これが最後にござりんす。

 長い間のご贔屓、ありがとうござりんした。」

わちきが頭を下げると、その頬を翔さんの両手が持ち上げる。

「逃げよう。一緒に。」

「翔さん……。」

わちきの弱い心が訴える。

翔さんと一緒なら、例え地獄でも……!

けれどそれは、翔さんには酷な事。

良い所のお嬢さんを貰って、跡目を継げば、幸せな暮らしが待っている。

そんな人に、危ない橋など渡らせられない。

「何を御冗談を。」

笑い飛ばして見得を切る。

「わちきの睦言を本気とお思いでござりんすか。

 そいつは遊女冥利に尽きるというもの。

 けれど、翔さん。

 嘘と涙は遊女の華。騙された翔さんに罪がありんす。」

「嘘だ。」

翔さんの声が一際高い。

「嘘じゃありんせん。」

わちきも顔を背けて声高に言う。

「嘘をつくな。」

翔さんの指が、わちきの顎を掬う。

「その涙も……華なのか?」

「翔さん……。」

翔さんの唇が、震えるわちきの唇に重なる。

どうしたって、隠し通せるわけもない……。

それでも、どうしても、つき通さなきゃならない嘘もある。

「今夜限りでござりんす。わちきを愛してくれなんし。」

わちきは足を開いて翔さんの指を導く。

翔さんの瞳が潤む。

わちきの目も霞む。

それでも輝く夜半の月。

ああ、初めての時も輝いていたっけ。

今宵も最後まで、見てておくれ、お月さん。



カズの花魁道中の準備が進む。

カズの振袖は山梔子(くちなし)色。

色白の肌によく似合う。

「高下駄もできたし、外八文字の練習は……?」

わちきが聞くと、カズが目の前でやって見せる。

「お前、筋がいいね。これなら後は当日を待つばかり。」

わちきが褒めると、嬉しそうに頬を染める。

「姐さんも、もうすぐですね。」

「ああ、そうでありんすな。」

身請けのことは、松本屋全体に知れ渡っている。

それをうらやむ者も妬む者も。

けれど、わちきの心はここになく……。

小鳥がピッと鳴く。

「この子も一緒に……?」

カズが鳥籠を撫でる。

小鳥がわちきに首を傾げる。

翔さんといられないなら、せめてこの子は……。

「この子は……、カズの道中の後で、逃がしてあげるといたしんしょう。」

「逃がしてしまうんですか?」

「この子は……大門の外に出られるからね……。」

そう、羽を広げて、空に羽ばたいていける。

お歯黒ドブも飛び越えて……。

「姐さん……。」

カズが、悲しそうな顔をする。

「そんな顏をしないでおくなんし。わちきももうすぐ大門の外に出られるんだよ。」

カズの頭を撫でる。

きっとカズにはわちきの気持ちがわかってる。

だから、お願い。

一緒に身請けを祝ってよ。カズ……。










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