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つなぐ(やま)

つなぐ 十八帖

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二人が川に着くと、川の辺(ほとり)で男がクンッと鼻を鳴らす。

「どうしました?」

男は空を見つめる。

櫻井も、男の視線を辿って空を見上げる。

空は赤く、徐々に深さを増している。

「何か……嫌な匂いがするな。」

「嫌な匂い?」

「あっちの方からじゃ。」

男が指さすのは、帝の住まう帝居の方向。

櫻井は、眉間に皺を寄せ、神経を集中させる。

「確かに……微かではありますが、何か得体の知れない匂いがしますね。」

「……人にあの匂いは難しいか。」

男が驚く風もなく、眉山を上げる。

「すみません……まだまだ修行中の身ゆえ……。」

櫻井は恥じらうように頭を下げる。

「なに、あの匂いは人の匂いに紛れておる。

 人にわからなくても仕方なかろう。

 だが……昼には何の匂いもしなかった……。」

櫻井は濃さの増した空を見渡し、顎を上げ、顔を風にさらす。

「逢魔が時……。夜になると現れるのでしょうな。」

「そうかもしれん……。」

櫻井は汚れた着物を川に浮かべる。

「では、さっさと洗って帰りましょう。

 雅紀さんが美味しい夕餉を用意してくれてますよ。」

櫻井は空に向かって、クンッと鼻を鳴らす。

「この匂いなら、すぐにわかりますのにな。」

仄かに香る、飯の炊ける匂いに、櫻井の顔が綻ぶ。

袖を捲り、しゃがむと、じゃぶじゃぶと川の水で着物をすすぎ始める。

男もその隣に並んでしゃがみ込む。

「あの鬼っ子、どうするつもりだ?」

ついた泥が落ちたか、着物を広げて確認する。

「しまった。灰汁(あく)を持って来るのを忘れました。」

櫻井が困った顔で男を見つめる。

「そんなもの、手で洗っておけばいいだろう。」

男がめんどくさそうに、着物の端を握り、ゴシゴシと擦り出す。

「それもそうですね。」

櫻井も並んでゴシゴシと擦り始める。

「お前もわかっているのであろう?」

暗くなり始めた外では、汚れが落ちているのかどうかもわからない。

それでも二人並んで、ゴシゴシ擦り続ける。

「さぁ、どうしましょうね?」

櫻井は着物を持ち上げ、クンッと匂いを嗅ぐ。

また、着物を川に戻し、ゴシゴシと擦る。

「なるようにしかなりません。

 それが宿命(さだめ)と言うものでしょう。」

「巡り合わせか……。」

「はい。」

櫻井は男を見つめてニコッと笑う。

「狐殿と私も、巡り合わせでございましょう」

そのまま西の空に目をやる。

今日も一際輝く星に満足し、もう一度男を見つめる。

「お前がわしを封印することもか?」

男が悪戯っ子のような顔で櫻井に笑いかける。

「はい。全ては星の巡り合わせでございましょうな。

 私のせいではございません。」

櫻井も柔らかく笑う。

男は少し変な顔をして、櫻井に顔を近づける。

「お前の……可愛い顔が見たくなった。」

「私の……ですか?」

男はそのまま櫻井の唇に唇を合わせる。

一瞬驚いた櫻井も、すぐに唇を受け入れる。

少し唇を離し、お互いの顔を確認すると、もう一度唇を重ねる。

深く舌を絡ませられるよう、首を傾け、唇を開く。

絡まる舌を動かす度、唾液のクチュッと言う音が響く。

手には着物を持ち、バランスを取りながら、吸い合う唇は、空より赤く瑞々しい。

お互い触れるのは、ただ唇と舌だけ。

はらりと垂れた櫻井の髪が、男の頬をくすぐる。

男の目に、閉じがちな瞼を縁取る長い睫毛と、高い鼻梁が映る。

これが宿命か。

宿命なら、受け入れねばなるまい。

さらに深く舌を押し込み、きつく吸い上げ、唇を離す。

名残惜しそうに、櫻井の唇が揺れる。

「ほら、可愛い顔をする。」

「……今、ですか?」

心外だと言いたげに、櫻井の目が丸くなる。

「お前は口を吸われると、いつでも可愛い顔になる。」

ふふふと笑う男に、櫻井もまたフフフと笑う。

「狐殿も……可愛い顔をなさいますよ?」

「わしがか?」

「はい。声が……聞きたくなる顔です。」

「声か……?いつでも聞いてるではないか。」

「もっと可愛い声が聞きたくなります。」

クスクスと笑う櫻井の頬に、乱れた髪が張り付く。

男はその髪を、手の甲で払って、ニヤッと笑う。

「いいぞ。いつでも聞かせてやる。封印と結界を解いてくれればな?」

「それはできませんな。帝の所にお連れするまでは。」

「わしはそれで、お役御免か?」

櫻井が笑うと、男も笑い返しながら、胸の奥に一瞬冷たい風が流れる。

「帝の所で任が終われば、封印と結界は解きましょう。

 お約束します。」

「そうか、ならば早く行かないといけないな。」

男はじゃぶじゃぶと着物を川に沈める。

「そうですねぇ。私はそんなに急ぐ気はありませんが……。

 和也殿は急ぎたいでしょうねぇ。」

櫻井も、着物を川に沈め、着物同士を擦り合わせる。

「帝も……、きっと待っておられます。」

「ふん……。」

男は遠い、帝居の方に目を向ける。

空を漆黒の闇が支配し始め、微かに西の山際のみが赤く染まっている。

「そろそろ綺麗になったでしょう。」

櫻井は立ち上がり、着物をギュッと絞る。

「うわっ、かかるだろうが!」

「すみません。口を吸ったので、熱くなったのではないかと思いまして。」

櫻井がニコッと笑う。

「ふん、熱くなったのはお前だろう?」

男が櫻井に並んで立ち上がる。

「ええ、私はすっかり熱くなっておりますよ?」

もう一度着物を絞り、櫻井は遠く帝居の方角に目を馳せる。

「お前は何に熱くなっているんだ?」

「さぁ、なんでしょう?」

櫻井が歩き出すと、男も後に続いた。










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