「ふたりのカタチ」
ふたりのカタチ(やま)【101~120】
ふたりのカタチ (117)
2017.02.27 *Edit
そこへ、誰かが入って来る気配がする。
「ごめんよ。」
低い、小さな声。
「お?来たな。」
智さんは待ってたとばかりに立ち上がる。
誰が来たんだろう?
首を傾げると、雅紀さんも立ち上がり後に続く。
おいらも二人について行く。
「……一杯刷って来たが、これでいいのか?」
「ああ、悪いね。それでいい。」
店で智さんと話してたのは、小柄で髭面の男の人。
少し斜に構えてて、全然顔を上げてくれない。
智さんはその男から紙の束を受け取って、一枚を両手で広げる。
「うん。よくできてる。引札とは言え、おいら達の仕事に手は抜けねぇからな。」
「剛、お茶くらい飲んでくよね?」
雅紀さんが明るく声を掛けるけど、男の人はうつむいたまま。
「いや、俺はいい……。」
剛さんはちらっとおいらを見て、すぐに視線を外す。
あ、知らない人がいるから、警戒してる?
「あ、おいら、邪魔だったら……。」
「ああ、気にしないどくれ。剛は極度の人見知りだから。」
雅紀さんが気にしなくていいと首を振る。
「じゃ、俺はこれで……。」
さっさと帰って行く剛さんの背中に、智さんが声をかける。
「近々、暁もあるって言ってたから、空けといてくれ。」
剛さんは、振り向きもせず、なげやりに片手をあげる。
その片手に墨がついてて、職人気質な感じがする。
剛さんって言ったっけ?
おどおどしてるってわけじゃないのに、誰とも視線を合わせない。
世捨て人……とか?
頑固そうに見えるし……。
あんまり人と関わりたくないって感じ?
智さんは広げた紙を雅紀さんとおいらが見えるようにしてくれる。
「さて、最後の仕上げだ。明日には和を呼べるな?」
智さんがニヤリと笑って、雅紀さんも嬉しそうに笑う。
おいらは紙を覗き見る。
版画だ。
木版刷り?
一色、墨のみで刷られてる。
なのに、ところどころ、わずかに濃淡がついてて、
掠れ具合とか、上手い。
さっきの人は刷り師さん?
この時代だから、馬連で擦るんだよね?
きっと腕のいい職人さんなんだ。
紙には四角いコマがたくさんあって、一つ一つに何か書いてある。
もちろん、絵もついてて……。
「これが双六……?なんて書いてあるの?」
「……智千代のとことは、字も違うのかい?」
雅紀さんが大変だねぇと言うように、おいらに視線を向ける。
字が変わったわけじゃないと思うんだけど……。
「たぶん、同じなんだけど……おいら、漢字、苦手だから。」
恥ずかしいけど、本当に漢字、苦手なんだよ。
二人は顔を見合わせて笑い、その紙に書いてあることを、丁寧に教えてくれた。
「……で、最後は歌舞伎で上がり。」
「へぇ~、すごいね。本当に双六になってるけど、これ、広告だよね?」
「こうこく……?」
「ん~と、宣伝?」
「ああ、宣伝だよ。この双六は、ほら、その角にあるお店、羊屋の売り上げの為だから。」
雅紀さんはそう言いながら、双六の角の大きなコマを指さす。
「小間…物屋さん……?」
「そうそう、櫛とか根付とか売ってんの。」
もし、行けるなら、ショウ君にお土産……は無理か?
おいら、この時代のお金、持ってないし。
この時代のお金はやっぱり、小判とかなのかな?
「これ、配りに行くの?」
おいらが聞くと智さんがニヤッと笑う。
「ああ、最後は配りに行くんだが……まずはちょいと色を入れようかと思ってね。」
「色……?」
「そうそう。時間があんまりないからね。これくらいの数で、
ちょいと色を入れるくらいなら、版木彫るより直に入れちまった方が早い。」
「それをおいらが手伝うの?」
「ああ、手伝ってくれるかい?」
それなら手伝えそう。
おいらは力強くうなずく。
さっそく机に紙を広げて色を入れていく。
顔料はなんだろう?
赤と青、黄色の顔料が用意され、好きな所に色を入れろと指示される。
「好きなとこでいいの?同じじゃなくて?」
「同じにしてもいいが、同じにする必要もない。
取りあえず、羊屋が目立つようになってれば……。」
「羊屋さんが目立つようにね?わかった!」
おいらは赤い顔料で羊屋さんの店名に影を付ける。
一枚一枚、丁寧に書いてくわけにはいかない。
紙は200枚位ある。
ちょっとで目立つようにするなら、赤が一番。
「赤かい?」
「うん。赤は目立つから。」
赤はショウ君の色。
一番目立つし、一番カッコよく見せてくれる。
「そうだねぇ、赤は可愛いし、男前だ……。」
智さんが何を思ったのか、フッと柔らかい顔をする。
あ……智さんのいい人、櫻井さんも赤なのかな?
おいら達は、ふふっと笑って、色を入れて行く。
もちろん、青も黄色も、顔料を少し混ぜて紫や緑も。
一枚一枚にちょっとだけ色を入れて、華やかにしていく。
描いた物を乾くまで広げておくから、部屋は足の踏み場もなくなる。
乾いているのを確認して重ねて行くのは雅紀さんがやってくれて、
狭い部屋だったけど、なんとか乾かすことができた。
やっと全部終わったのは3時くらい?
時計がないからわからないけど。
雅紀さんが、お団子とお茶を出してくれて気が付いた。
そう言えば、お昼も食べてない。
「ごめんね~、二人とも夢中になってたから。」
「芝居の前にちょっと蕎麦でもひっかければいいさ。なぁ?」
智さんが疲れたと言うように、両手を後ろに着いて、ダラッとする。
「うん。これ、おもしろかった。」
おいらは最後の一枚に、携帯とキャンディを書き込む。
きっとこの時代の人には何だかわからないけど、記念にね?
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