miyabi-night(5人)

miyabi-night 五話 - japonesque side story -

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南町奉行に就任した鳥井は質実剛健の男だともっぱらの噂だった。

初めて同心の前に現れた時も、身なりは実に質素で、

替えの同心羽織を売って、生計の足しにしている同心達から見ても、

すこぶる好感が持てる印象だ。

鍛えている体は、着物の上からでもわかるほど、隆々としていて、

自分に厳しい様子も窺える。

同心達の末席に並ぶ櫻井が、遠目に鳥井を見ていると、鳥井の方から近づいて来る。

慌ててうつむき、筆を走らせる。

櫻井は廻り方であったが、細かな書類整理も得意で、年配の同心から重宝されている。

それを知ってか、鳥井が櫻井の前で足を止める。

「櫻井……であったな?」

「はっ。」

櫻井はさらに顔を伏せる。

「良く働くと聞いている。このまま精進してくれ。」

「……ありがとうございます。」

「しかし……。」

鳥井が何かを言い掛けて、言葉を濁したので、櫻井は若干顔を上げる。

何か失礼なことをしたのではないか?

そう思い、鳥井の顔色を窺う。

鳥井はじっと櫻井を見つめ、考えている風ではあったが、続きの言葉は出てこない。

「何か……?」

意を決して聞いてみる。

「いや、何でもない。頑張ってくれ。」

鳥井は櫻井の肩を二度叩き、戻って行く。

その時の視線の、絡みつくような感覚に、なんとも言えない気持ち悪さを感じ、

鳥井の後ろ姿を見送った。

鳥井が行ってしまうと、代わりに村上がやってくる。

「いやぁ、やりにくくなりそうだねぇ。」

櫻井は軽く笑って村上をやり過ごそうとする。

「あの様子じゃ……女衒(ぜげん)も遊郭も目の敵にされそうじゃないか。」

「まぁ、そうだね……。」

櫻井は筆を取り、続きの事務処理を始める。

「まずは浅草、湯島に手を入れようって話だが……。」

湯島と聞いて、櫻井の耳がぴくりと動く。

「……湯島?」

「ああ、最終的には木挽町(こびきちょう)に狙いを定めてるって。」

村上は顔をしかめ、肩を竦める。

「木挽町って……芝居小屋?……歌舞伎?」

「そうそう、陰間はご法度なんだと。」

「それは……。」

櫻井の頭に、雅紀の顔が過る。

「色の趣味まで、あーだこーだ言われたくねぇよなぁ?」

櫻井は何も言えない。

雅紀は好き好んで陰間をしているわけではない。

しかし、そうせざるを得ない世相を、奉行は理解しているのか。

櫻井は筆の先を見つめる。

歌舞伎の女形だって修行の一環だ。

歌舞伎がどれだけ町を賑やかにしてくれているか、お上だってわかっているだろうに。

風俗を毛嫌いしているのか?

筆に丁寧に墨を付け、紙の上に落とすと、さらさらと記していく。

それを見ていた村上が小声になる。

「春画も……新作出すのは難しいかなぁ?」

「当分は……大人しくしていた方が身のためだぞ。

 春画を見ていることがばれたら……。」

「首にされそうだよなぁ?」

櫻井は小さくうなずく。

「仕方ねぇ。春画も少し自重するか……。」

村上が、面白くなさそうに片頬を引き上げた。



「……けぇったよ……。」

力なくそう言うと、智は小上がりに倒れ込んだ。

奥から出て来た雅紀が驚いて、智に駆け寄る。

「どうしたんだい?そんなによろよろになって……。」

しゃがみ込んで智を見ると、疲れ切って顔も上げられない智に、

どうしたもんかと頭を悩ます。

「夕飯は?食べて来たのかい?」

「……食べる力も出ねぇよ。」

その声は辛うじて聞きとれる程度で、疲れ切って声も出ない。

「水飲む?」

雅紀が智を起こそうとすると、智から汗の匂いがぷんとする。

「こんなになるまで何したの?」

「あいつ……稽古になったら豹変しやがった!」

一瞬、目に力が宿る。

「芸事には厳しそうだもんねぇ。」

雅紀はうなずきながら、智を抱える。

ずるずると引っ張って、壁に寄りかからせると、水を汲んで戻って来る。

「ほら、少し飲んで。」

「ん……。」

湯のみを智に持たせ、また、ばたばたと水瓶に戻って行く。

智はなんとか水を口にし、ごくっと一口飲むと、勢いよくごくごくと喉に流し込んだ。

思いの外、喉が渇いていたらしい。

少しして、雅紀は濡らした手ぬぐいを持って戻って来る。

智の襟元から、上半身だけ脱がすと、その肌に手ぬぐいを当てる。

「冷たっ……。」

「拭いてあげるから、じっとして。」

雅紀は丁寧に智の体を拭っていく。

智は冷たい手ぬぐいの感触が気持ち良くて、目をつぶってされるままになる。

「あ~、ここ、痣になってる……。」

脇腹を手ぬぐいで撫で、智を見上げる。

「痣もできんだろ。何度転んだか……。」

「そんなに?」

「裾、踏んだり、つまずいたり……。

 そのたんびにやり直しよ。全然進まねぇ……。」

「大変だったねえ。」

雅紀は抱きかかえるようにして、背中に手ぬぐいを回す。

「ふふふ。子供みてぇだな?」

「こんな大きな子なんかいらないよ。」

「じゃ、夫婦か?」

「そんなこと言ったら、櫻井さんに怒られるよ。」

「ちげぇねぇ。」

智はふっと口の端を歪ませて笑うと、雅紀に体重を預けた。

「すまねぇ……ねむ……。」

さっぱりしたせいか、智の意識が遠のいて行く。

「寝る?蒲団敷こうか?」

「……頼む……。」

智の体がぐっと重くなり、小さな寝息が聞こえてくる。

「すまないね……。俺のせいで……。」

雅紀は小さくつぶやいて、ぎゅっと智を抱きしめると、畳の上にそっと寝かせた。










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