ふたりのカタチ (55)

「お客様……、お客様。」

肩を叩かれて、ハッとする。

顔を上げると、店員さんのホッとしたような笑顔が見える。

寝てたんだおいら……。

お酒飲んでたから……。

もう、抜けてると思ったのに……。

「すみません……。」

おいらがそう言うと、店員さんはにっこり笑って戻って行く。

携帯を見ると、15分くらい寝てたみたいで……。

ショウ君からメールが来てる……着信も……。

ショウ君、まだ……起きてる……。

疲れてるのに、また疲れさせちゃってる……。

メールを開くと、

『心配だから……すぐに帰って来て。』

ショウ君……。

電話……しようか……？

ダメだ……。

おいら、まだワンピースのまま……。

おいらは窓の外に目を向ける。

外はまだ真っ暗で、夜が明ける様子もない……。

ショウ君があんなに怒るなんて……。

類さんと一緒にいたから？

でも、行っていいって言ってくれた……。

それに、ショウ君はそんなことで怒鳴ったりしない……。

ジュン君ちに泊まった時だって、怒鳴ったりしなかった……。

じゃ、なんで？

答えが見つかるまで、おいら帰れないよ……。

おいらは、返信ボタンを押してメールを打つ。

『ごめん、まだ帰れない。

　でも、大丈夫だから、心配しないで。

　疲れてるんだから、ちゃんと眠って。』

送信ボタンを押して、携帯をテーブルの上に置く。

冷えたコーヒーを飲んで……。

また考える。

ショウ君が怒った理由……。

ショウ君からの返信はすぐにあって、

『わかった。信じてる。』

ショウ君……。

おいらは、こんなに頭を使ったことないんじゃないかってくらい、ずっと考え続けた。



3杯目のコーヒーをお代わりした頃、やっと空が明らんできた。

うっすら明るくなってきたと思ったら、どんどん空の色が変わって行く。

あんまり見ることのない風景に、思わず目を奪われる。

ショウ君……会いたいよ……。

知らず知らずのうちに、涙が頬を伝う。

朝焼けの空が滲んで一色になる。

「ショ……く……。」

ぎゅっと携帯を握り締めて、滲んだ朝焼けをじっと見つめてると、

声を掛けられて、びっくりする。

「お客様……大丈夫ですか？」

振り返ると、さっき起こしてくれた店員さんが心配そうに立っている。

ずっと気になってたんだろうな……。

変な客だから。

「大丈夫です。すみません……。」

おいらは慌てておしぼりで頬を拭く。

「何か……あったんですか？」

「ええ、まぁ……。」

ごまかすように笑って、あんまり見られたくなくて、窓の外に目を向ける。

「黙ってて欲しいって言われたんですけど……。」

店員さんは、それでも迷ってるみたいに言いよどみながら、話を続ける。

「お客様が寝てらっしゃる時に……。」

「……おいらが寝てる時……？」

振り返って、店員さんを見上げる。

「はい……。男の人がいらっしゃって……。」

「……男の人……って……？」

「お客様を見つけて、側に行こうとされたんですけど、思い留まられたみたいで……。」

「…………。」

「少し、寝かせてあげてもらえますかって。」

「……ショウ……君……？」

「店長に見つかるまででしたらって答えたら、それでもかまいませんからって。」

店員さんはにっこり笑って、おいらを見つめる。

「もし、何かありましたら連絡くださいって、名刺を置いていかれて……。」

「名刺……、見せてもらえますか？」

「はい……。」

店員さんはポケットから名刺を取り出して、おいらに見せてくれる。

「……ショウ君……。」

名刺には、櫻井ショウと書いてあって、裏に携帯の番号……。

「大事にされてるんですね。」

店員さんはまた、にっこり笑って、おいらのお冷に水を注ぐ。

おいらはうなずいて、また流れてくる涙を止められなかった。

「か、帰ります。」

おいらはぐちゃぐちゃな顔で、伝票を持って立ちあがる。

「はい。」

店員さんが、そっと通路を開けてくれる。

おいらはレジで精算を済ませると、思いっきりドアを押して、走り出した。