テ・アゲロ the missing ⑦ -14-

「お前……。」

大野は櫻井を見ながら、煙草を口に咥える。

「大丈夫。君くらいのイケメンなら、素敵な子がすぐ見つかるから。」

櫻井はそう言いながら、翔とは逆の、大野の奥に腰を下ろす。

「でも、honeyはあげられないな。」

「智は……あんたのこと好きじゃないって。」

翔は挑むような視線で櫻井を見る。

「照れてるんだろ？honeyは照れ屋さんだから。」

笑いながら、胸ポケットから煙草を取り出す。

一本口に咥え、大野の顎を取ると自分に向け、煙草の先から火を貰う。

二人の近い距離感にドキッとしながら、それでも翔は言い続ける。

「か、体の相性がいいだけだって……。」

「体の相性……一番大事なことじゃない？」

「気持ちが……一番大事なんじゃない？」

「気持ち……俺達に、そんなもの必要ないよ。」

櫻井は口から煙を吐き出すと、大野の後ろから大野を抱きしめる。

「うわっ、やめっ。」

大野が体を捩るも、櫻井が腕に力を込め、身動きできない。

「体の相性が良ければいいんだよ。気持ちなんて、いつ変わるかわからない。

　会うたびに変わっていく。俺達は……刹那に恋してるから……。」

櫻井は後ろから大野のこめかみに唇を当てる。

大野の神経が、そのこめかみに集まっていくのが、翔にも見ているだけでわかる。

「俺じゃ……まだ子供？」

翔の切なそうな目を、大野も真っ直ぐに見返す。

「そうだな……もう少し大人になったら……相手する気になるかもな。」

翔はグラスを一気に煽って、椅子から下りる。

「智が……相手したくなるような男になるから……。

　待ってて……。」

翔は大野の手を握り、櫻井に抱きしめられたままの大野の唇に唇を当てる。

甘噛みするように軽く唇を開き、舌の先だけを少し絡める。

大野は追いかけたくなる舌を、グッと堪えて、されるまま離れる。

「待ってて……。」

最後に大野の手を離すと、翔は振り返らず、足早に店を出る。

閉まるドアを見ながら、大野がつぶやく。

「……もう、十分いい男だよ。」

後ろから抱き着いたままの櫻井が、大野の耳元で言う。

「俺の次にね。」

「ばかか。お前よりいい男だろ？」

櫻井は身体を離して笑う。

「そうかな？」

「そうだよ。」

大野の隣に座り直し、手を伸ばして、翔のカクテルを取る。

「俺よりいい男だから、手放したの？」

グラスを揺らして、泡の消えるのを楽しむ。

「……ああ、そうだよ。翔君はそのままでいい……。」

「トムコリンズ？ジンフィズ？」

櫻井がマスターに向かって聞く。

「ジンフィズでございます。」

櫻井は軽くグラスを揺らして、一口飲む。

「ジンフィズ……ありのままで。」

「なんだ？またカクテルなんちゃらか？」

「そう。カクテル言葉。」

櫻井はクスッと笑って、グラスをマスターの方へ差し出す。

マスターはそれを受け取ると、代わりにスコッチソーダを櫻井の前に差し出す。

「ほんと、お前は星の国の王子様か？

　お前ほど、クサいセリフ言うやついないかんな？」

「クサい？」

「普通言うか？刹那に恋するとか……キモッ。」

大野はブルブルと体を振るわせる。

「俺のものに、愛を囁くのも自由でしょ？」

櫻井は大野の耳元に唇を寄せる。

「俺は……会うたびに恋してるよ？

　刹那は……永遠に続くから……。」

低い声で囁くと、大野が身震いする。

「かぁ～っ！ダメだ。もう二度と言うな。ムシズが走る！」

「ムシズ？ずいぶん失礼じゃない？」

大野は櫻井の手を取って、椅子から下りる。

「行くぞ。」

「どこへ？」

櫻井は引っ張られるように店を出る。

「決まってる。」

大野は店の前で、タクシーに向かって手を上げる。

「なんか、それじゃムードがないなぁ。」

「俺らにムードも刹那も必要ない。」

大野は振り返って櫻井を見上げる。

「わかってるだろ？」

櫻井はクスッと笑って、大野の頬を撫でる。

「翔君に感謝だね。」

「何が？」

「こんな積極的なhoney見たことない。」

「うるせっ。」

「今日はいつも以上に楽しめそうだね？」

やっと止まったタクシーに、二人が乗り込む。

タクシーが走り出すと、煌びやかなネオン街が、テールランプを吸い込んでいく。

刹那に恋する二人を乗せて。