「三日月」
三日月(やま)【21~Last】

三日月 ㉛

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次の日、私は取る物も取りあえず、汽車に乗った。

とにかく智に会いたかった。

車窓から見える景色は、どんどん流れていく。

けれど、どんなに速く流れても、私には物足りない。

早く……智に会いたい……。

東京へ戻る時、ここで私は夢を見た。

智を忘れ去る夢……。

あれは願望だったのかもしれない。

智に再会しなければ、私はこんなに苦しい想いはしなくてすんだ……。

父や兄のように、一般的な幸せの中で生きていけたはず……。

智……。

君を知って、本当の愛を知って、私は苦しかったのかもしれない……。

君と言う宝を手に入れて、欲張りになっていたのだ。

ああ……智……早く会いたい……。

ボォーーー。

汽車の汽笛が響き渡る。

私が近づいているのを、君は感じているかい?

智……。

心だけでも先に、君の元へ飛んでいってしまいたい。

智……。



大野の家を出る間際、颯をぎゅっと抱きしめた。

「父様は帰るよ。でもずっと君を愛してる。

 君の成長を見守っている……。

 君を愛しているから……太陽の馬車には乗せてあげられないんだ……。

 幼い君にはまだわからないね……。」

颯の小さな手が私の頬を掴み、きゃっきゃと笑う。

「和子……颯を頼む……。

 もし何かあったらいつでも相談してくれ。

 私は……ここに戻ることはないだろう……。」

「あなた……。」

「必要なら離縁してくれて構わない……。

 公爵もきっと全て知っている……。」

「まさか……!」

「颯……公爵が付けた名だろう?

 一陣の風という意味の他に……、

 『はやて』はかかると重症化する病のことを言う……。」

「そんな……。」

私は和子の頬を撫でる。

「私はお前のことも妻として大切に思っている。

 颯を……颯に何かあったら必ず相談してくれ……。」

次に、雅紀と潤に向き直る。

「二人を……よろしくお願いします。」

深く頭を下げる。

「若旦那様……。」

「翔さん……。」

二人が慌てて私の肩を持ち上げる。

「頭を上げてください……。」

潤が申し訳なさそうに、でも凛とした目で私を見つめる。

「……何に変えましても……颯様をお守りします。」

雅紀も隣でうなずく。

私は二人の顔を見、安心して、颯をまた抱きしめる。

その、智とそっくりな顔は、私の顔をじっと見ると、天使のように笑う。

「お前は何があっても私の子だから……忘れないで……。」

私は颯の頬に口付けて、和子に預けた。



家に着くと、ドアを開けるのも、靴を脱ぐのももどかしく、すぐさま居間へ向かう。

「智っ!」

入口で、何かを踏んで声を上げる。

「ぅわっ……。」

居間は、泥棒が入ったのかと思うほど、ありとあらゆる物が転がっていて、

見回しても智の姿はない。

「智っ!」

私は声を上げて智を探す。

雑然とした台所……浴室……廊下……。

全てに紙や衣服が散乱していて、何が起こったのかと不安になる。

「まさか……。」

私は悪い考えを振り払い、智の部屋へ向かう。

ドアを開けて驚く。

壁に赤い絵の具で書きなぐられた文字?は、何と書いてあるのかわからない。

「智!」

ベッドの上にもベランダにも智の姿はない。

「智!」

私は二人の寝室へ向かう。

「智!」

ドアを開けるなり、叫ぶ。

けれど、部屋はシンとして、智の気配はない。

ぐちゃぐちゃに乱れたシーツの上に散乱する羽……。

枕から飛んだのか?

智は?智はどこだ?

私は家中を駆けまわる。

「いない……智ーっ!」

最後に私の部屋のドアを開ける。

私の部屋にも智はいず、私は靴も履かずに居間から庭に降りる。

「智……智……。」

うわ言のように智の名を呼び、智を探す。

さほど大きくない庭は、ひと目で見渡せる。

私は庭を横切り、通りに目を馳せる。

「智ぃーーーっ!」

私の声だけが空しく響く。

「智……。」

私は東京へ戻ったことを激しく後悔した。

智がいなければ、他に何があっても、私はただの抜け殻にすぎない。

智と言う光がなければ、私の世界はただの暗闇……。

何度太陽が昇ろうと、私の心に光が差すことはない……。

ああ、智。

君は私をアポロンに例えたが、私がアポロンだとしたら、

君はヒュアキントスか?

西風よ、悪戯などしないでおくれ。

私も決して智から離れたりしないから……。

「智……。」

君はどんな気持ちで私を待っていたのだろう。

あの家で一人、不安と小さな希望を抱えてうずくまる智を想像すると、

私の目から涙が溢れた。

予定より帰りが遅くなると聞いた時、智はどんな想いだっただろう。

壁に絵の具をぶちまけたか?

枕を引き裂いたか?

一人で寝る寝室は、智をより孤独にはしなかったか?

「智……。」

智はずっとここで待っていると言っていた。

ずっと待っていると……言ったじゃないか……。

「……智…………。」

膝が崩れ、体中から力が抜ける。

その場に座り込み、天を仰いで涙を流した。

「智……。」

風が吹き、ガサガサッと木々が揺れる。

止まらぬ涙で視界がぼやける。

智がいないのなら、見えなくても構いやしない。

「さと……。」

智がいないのなら、声など出なくてもいい……。

智がいないのなら……。

「しょ…う……さん?」

……智の声?

私は涙で霞む目で、周りを見回す。

「翔……さん……。」

両手で目を拭って、声のする方へ振り返る。

木々の間で、野ばらに服を捕られた智が、

私を見て、嬉しそうに微笑んでいる。

「智……?」

これは幻か?

天使のような笑顔はこの世のものとは思えない。

「翔さん……。」

智は服が破れるのも構わず、私に向かって走って来る。

「翔さん!」

「智……!」

縺(もつ)れる足で立ち上がろうとする私に、智が抱き着く。

「翔さん……翔さん…………翔さん……。」

智ごと倒れ込み、智を抱きとめる。

温もりが、智が実体であることを教えてくれる。

ああ……。

本物の智だ……。

「智……。」

私は智の首筋に顔を埋め、思いっきり智を抱きしめた。










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