「三日月」
三日月(やま)【21~Last】

三日月 ㉚

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和子が生きる為にはそれしかなかった……。

母のようにならない為に。

私は和子を見つめる。

この女は、愛する男を諦める為にそこまでしたのだ。

智の幸せは自分にない……。

それを受け入れることは、身を引き裂かれるような苦しみだっただろうに……。

それだけではない。

この家を守り、愛する男の幸せの為、ただ一度……そこに人生を掛けたのだ。

私に和子を恨む資格はない……。

和子の幸せを奪っているのは私だ。

颯が私の子であろうと、智の子であろうと、和子の子であるならば、

私は生涯、我が子として育てよう……。

それが私の和子への償い……。

和子は満足なはずだ……。

智がいなくても、智以上に愛すべき相手を見つけたのだから。

ではなぜ、帰って来いと?

「あなたは……智と二人でいられるんです。

 それ以外、何を望むと言うんです?」

「和子……。」

贅沢だと言うように、和子が私を見上げる。

それまで黙って聞いていた潤が、思い切ったように声を上げる。

「和子様……それでは智様と颯様が可哀想です。

 智様は何も知らず、和子様を信頼されているのに……。」

潤の瞳は純粋で、きっと和子には眩しいのだろう。

和子が一瞬目を細める。

「……潤はまだ、本当に人を好きになったことがないのね。」

「そんなことありません……オレも……。」

潤は一度口を閉じ、言っていいものか考えて言葉を発する。

「智様を……。」

その声は小さく、遠慮勝ちで自信なさげで……。

和子の前では、どんな想いも霞んで見えてしまうに違いない。

和子はクスッと笑う。

「それはあの子に引きずられてるだけ……。」

和子は潤の髪を撫で、その彫りの深い顔をなぞる。

「これから……本当に好きな人ができるわ……。」

「……和子様……。」

「だから、颯のことは誰にも……誰にも言ってはいけません。

 この家の者にも、外の者にも……。

 わかっているわね?」

「……はい。」

潤は足元を見つめながら、小さくうなずく。

「雅紀は……。」

私が声を上げると、和子が私に向き直る。

「……雅紀さんは……私の運命共同体になってくれると……約束してくれました。

 だから彼を呼んだんです。

 彼も、自分の気持ちを持て余して……どうしていいかわからなくて……。

 そして、私に憧れているんですわ。」

「憧れている?」

私が首を捻ると、和子はクスッと笑う。

「雅紀さんは……私のようには行動できないから。

 優しすぎるんです……。

 ただじっと見るしかできない……。

 智を……智と私を……そして颯を……。」

「それは……。」

私は思わず声を出す。

「大丈夫。彼は無害です。私のようにはできません。

 でも、この先、颯を育てていくのに、私一人では難しい。

 雅紀さんは全てを知っています。

 その上で、私に協力すると言ってくれました……。」

気付くと、和子の視線の先には雅紀がいた。

撞球場の入口に、背中を預けてじっとこっちを見ている。

和子の言う通り、ただ、じっと見つめて……。

和子にとって、雅紀がいることが少しは心を軽くしてくれているのだろうか?

智は……自分のしたことを覚えているのだろうか?

……きっと覚えている。

覚えていて、知らないふりをしている……。

和子の為に……そして自分の為に……?

だから……私が帰ることをあんなに不安がっていたのか?

この事実を知ったら……私が智の側を離れていくと……?

ばかな!

そんなことあるはずがない!

むしろ、今すぐにでも帰って智を抱きしめてあげたい……!

智は何も悪くない。

ただ、翻弄されているだけなのだ!

「そうだ……。」

私がポツリとつぶやくと、三人が一斉に振り返る。

「智が……私が帰る時に颯に渡してくれと……。」

私は急いで撞球場を出ると部屋へ戻る。

ベッドの脇に置いてある包み……。

それを手荒く開く。

開いている内に、三人もやってくる。

「あなた……。」

和子が私の前に立ち、雅紀と潤が後ろから覗き込む。

包みの中にあったのは……。

一枚の絵だった。

智が描いたのだろう絵は、神々しいまでに光り輝く……。

「これは……。」

雅紀と潤が私を見る。

「あなた……。」

和子も私を見上げる。

朝焼けの光の中、にっこり笑う幼い私……。

緑の蔓は野ばらか?

それが絵の端から私に伸び、空の薄い青さと光りの中、私の背には……。

「……羽?」

「天使……?」

「……神…………。」

和子が低い声でつぶやき、悲しそうに顔を歪める。

智にはあの時の私がこう見えたのだろうか?

そう言えば、智は私を絵本の王子様のようだと言っていた……。

ひっくり返して裏を見てみる。

智の綺麗な字で、何か書いてある。

「……君の大事なアポロンは僕がさらってしまうよ。

 ごめんね。

 でも、ずっと愛しているから。

 ごめんね。

 君を太陽の馬車には乗せてあげられないんだ……。」

私が読み上げると、みんなの目が一斉に智の文字に注がれる。

「さ…と……さん……。」

雅紀の声は掠れ、なんと言っているのか聞き取れなかった。

「智……。」

和子もこの言葉をどうとらえようか悩んでいるようで、

文字をじっと見続ける。

私にはわかる……。

智は知っていて、違うと信じているのだ。

颯は……私の子だと。










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