「三日月」
三日月(やま)【21~Last】

三日月 ㉙

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「和子……。」

私がつぶやくと、和子はその薄茶の瞳を私に向け、真っ直ぐに歩いてくる。

「……あなた……。」

和子は私の前に立ち、私を見上げ瞳を潤ませる。

「できれば……知って欲しくはありませんでしたわ……。」

「和子……。本当なのか?……潤の言ったことは……。」

和子はゆっくり首を横に振る。

「では……。」

私の顔がパッと明るくなる。

「わかりません……。これは天が決めること……。」

一瞬にして曇る私の心……。

「わからないと言うのは……智にも、その可能性があると言うことなのか?」

和子は口を真一文字に引き結び、ゆっくりとうなずく。

「私があなたとの結婚に際して、智に出した条件……。

 あなたとの子供が欲しい……。それは、私にはどうしても必要なことでした。」

和子は私に背を向け、撞球の台の周りを歩き始める。

指先でラシャを撫で、潤の前を通り過ぎる。

「私の……向けてはならない智への気持ちを押し込める為に……。

 そして、この家の為に……。」

和子は天井を端から端まで見渡して、私に視線を戻す。

「智だって納得してくれたはずなんです。

 わかっていたはずなんです……。

 子供を作るとはどういうことなのか……。」

和子は小さく溜め息をつく。

「正直、誰の子でもよかったんです……。私が産むのであれば、確実に私の子ですから。

 でも……きっとずっと思っていたんでしょうね……。

 一度でいいから智に女として愛されてみたいと……。」

和子は自嘲気味に笑う。

「あなたに閨(ねや)で愛される度……その気持ちは膨らんでいきました。

 でも……これは禁忌です。してはならないこと……。

 智の中でも……あなたに抱かれる私を想うと……どうにもならなかった……。」

和子はラシャを撫でる指先を眺め、トンと、指でラシャを叩く。

「だから、少しでもその気持ちを抑える為に……、

 私は智を抱いてあげました。」

「抱いて……?抱かれるのではなく……?」

「ええ……私があなたになって……あなたにされたことを……、

 智にしてあげたんですわ……。」

和子の瞳が、夢見るように空を撫でる。

「智は目を瞑り……あなたを想像して、それは気持ちよさそうに……。

 だから、私はあなたになって、智の体を……指で……唇で……。

 子供ができるようなことはしませんでしたけど……。」

和子は、ほぉと溜め息をつく。

「最初はそれだけで満足でした。智が誰を想おうと、それは智の自由……。

 私にどうすることもできません……。

 智を気持ちよくさせてあげている……それだけで……一時的ではありましたけど、

 私の心は満たされました……。」

「和子の……女としての和子は、それで満足できたのか……?」

和子は目を瞑って首を振る。

「もっと早く……子供ができていれば、こんなことにはならなかったのに……。」

私達に子ができないことが、原因だと言うのか?

「なかなかできない子供に……、智を抱く自分に……、あなたに抱かれる自分に……。

 私の限界がやってきました……。」

和子は私をじっと見据える。

「薬を……智に飲ませたんです……。」

「……薬……?」

「……ええ…………。」

和子は片方の唇の端を少し上げ、上目遣いに私を見つめる。

「媚薬……。たぶん、催淫剤と幻覚剤の混ざったようなもの……。」

「そんな怪しげなものを……。」

「……そう。怪しいわね?私も……最初から智に使うのは怖かった。

 だから、あなたで試してみたの……。

 あなた……とても気持ちよさそうだった……。

 覚えているかしら?

 あの時……あなたは誰を抱いていたの?

 私?それとも……。」

和子がクスクス笑う。

潤が身震いしたのがわかった。

私は記憶をめぐらす……。

ああ、朦朧として……和子を抱いているのか、

智を抱いているのかわからなかった時があった……。

記憶すらもあいまいだが……あれは……そうだ、公爵からもらった薬を飲んだ時……。

あれがそうだったのか?

「薬……公爵からもらった……?」

「すり替えましたの。そうすればあなたが勝手に飲んでくれる。

 あなたも周りからの圧力を感じていただろうから……。

 父がくれたものですしね?

 すぐに飲んでくれると確信してましたわ。」

「和子……。」

和子はクスクス笑いながら話を続ける。

「あの薬が予想通りの効果をもたらすとわかって……。

 智に飲ませて……。

 あの子に薬を飲ませるのは簡単……。

 私の差し出す薬を、疑うこともなく飲み込んで……。」

その時の様子を思い出しているのか、和子の頬が染まる。

「……あの時が…………私の人生の全てなのですわ……。」

和子のうっとりとした表情に、私も潤も声が出なかった。

和子にとって、最初から最後まで智だけなのだ。

どうにもならないと知りながら、和子は智への気持ちをそのひと時に昇華させた……。

「では颯は……。」

その時の子なのか?

「それは私にはわかりません。

 あなたの子であるかもしれないし、智の子であるかもしれない……。

 どちらにしろ、あの子はこの家の跡継ぎであり、私の子ですわ。」

和子は艶然と笑う。

そうだ、その通りだ。

颯は確実に和子の子であり、この家の次期当主……。

和子は全身全霊で颯を愛するだろう。

例え智が和子を、女として愛せなくても、

智が側にいなくても……愛する智の代わりを……和子は手に入れたのだ。










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