「三日月」
三日月(やま)【21~Last】

三日月 ㉗

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さっきの和子の言葉は、いったいどういう意味なのだろう?

単純に貴族院のことだけを言っているのだろうか?

逃げろと言ったのも、帰ってこいと言うのも和子だ。

私は一人、ベッドの上で考える。

和子の真意はいったいどこにある?



次の日、木寺宮の結婚の儀が執り行われた。

私も久しぶりの晴れやかな席に、少し飲み過ぎた。

櫻井の父も兄も出席していて、あちらの家が円満である様子も窺え、

良い気分で庭の東屋で酔いを冷ましていた。

そこへ仕事を終えた潤がやってくる。

「……お久しぶりでございます。」

潤がおずおずと挨拶する。

一年前のこととは言え、智のことがあってから、まともに話したことはなかった。

「久しぶりだね。」

だが、その日の私は上機嫌で、そんなこともすっかり忘れ、潤に笑顔を向ける。

「智様は……お元気でらっしゃいますか?」

「ああ、とても元気だよ。潤もあちらに遊びに来るといい。

 庭の野ばらが伸びすぎて困っている。」

私は軽口を言って潤を手招きする。

「野ばらは、野のものです。手入れはしない方がよいのではありませんか?」

潤は私の側に来て、私の目線の高さになるよう膝を付く。

「ここのバラは……手を入れなければ枯れてしまいます。

 野ばらは手を入れなくても育っていく……智様はどちらなのでしょう?」

「潤……。」

潤はその彫刻のような顔を真っすぐに私に向ける。

「若旦那様……どうかお間違えになりませんように……。

 智様は……若旦那様の為に……若旦那様を手に入れる為に……。」

言いよどむ潤は、私から顔を背け、立ち上がる。

「……なんでもありません。出過ぎました……。」

「智がなんだと言うんだ?ちゃんと話してくれないか?」

「申し訳ありません。なんでもないんです……ご容赦ください……。」

潤は私に背を向け、行こうとする。

「潤!」

「智様を……大事にして差し上げてください。」

潤は振り向いてそう言うと、逃げるようにその場を離れた。

「私の為に……?」

智はいったい何をしたと言うのだろう……。

潤は何を言おうとしたのだろうか?

私が空を見上げると、月が屋敷の屋根に掛かろうとしている。

「三日月か……。」

智の顔と、颯の顔が同時に頭に浮かぶ。

智も空を見上げているだろうか。



次の日、私が帰り支度をしていると、櫻井の家の者がやってきた。

父が倒れたという。

雅紀に智宛の電報を頼み、和子と一緒に櫻井の家に急いだ。

父はまだ颯を抱いていないという。

和子は病人の所へ子供を連れて行くのはと渋ったが、

私は強引に颯を連れて人力に飛び乗った。



櫻井の家に着くと、兄の家族が一足早く到着していた。

「兄さん!」

「ああ、翔!

 びっくりしたが、大丈夫。ちょっと疲れていただけのようだ。

 元来、体が丈夫だから、過信しすぎるんだ。」

ホッとした私は、和子と颯を連れて父の部屋へ向かう。

父は起きていて、私を見てバツが悪そうに笑う。

思ったよりもだいぶ元気そうで、安心したものの、父とてもういい歳だ。

私が父の体力を過信してはいけない。

「驚きました。父上が倒れるなんて……。」

「ああ、驚かせてすまない。医者が大げさなだけなんだが……。」

「体には十分気を付けてくださらないと……。

 ご無理はなさらないでください。」

「大丈夫。無理などしてはいないんだが……。

 私も歳なのかもしれぬな……。」

「父上……。」

私は、気落ちしている父の前に颯を抱いて見せる。

「颯です。和子が立派な男の子を産んでくれました。」

「おお、颯か……。」

父は手を伸ばして颯の頭を撫でる。

颯は初めて会う父に、楽しそうな笑顔を向ける。

嬉しそうに目を細めながら、じっと颯の顔を見つめた父は、颯の手に自分の指を握らせる。

「可愛い顔をして……まるで女のようだな。」

「大野の血が色濃く出ているのでしょう。」

「和子さん似か。」

「はい。目元などそっくりです。」

和子は複雑そうな顔で笑う。

「ですが、利発なところは翔様譲りでございます。」

「そうか。なら、この子も母から離れない子になるな。」

父がそう言って笑った。

父が軽口を叩いたのを初めて聞いた。

母には優しかったが、私達には厳しい父であったのに……。

父も歳を取ったのだと、胸にグッとくるものがあった。



その日は父の容体も気になっていたので、智のところに戻るのは次の日にした。

櫻井の家からの帰り、教授から紹介された雑誌の編集者と会い、大野の家に戻る。

時刻はとうに夕飯の時間を過ぎ、先に帰っていた和子に、

軽くサンドウィッチを作ってもらった。

その際、昨日のことを聞いてみたが、和子は言葉の通り、

二人で帰って来て欲しいとしか言ってくれない。

和子の真意がわからぬまま、私は軽く酒を飲んで、撞球場に向かう。

たった三日離れただけなのに、智の影を探す自分に笑いが込み上げてくる。

懐かしい撞球場は綺麗に掃除され、いつでも使えるようになっている。

私はキューを握り、感触を楽しむ。

私達の関係はここから始まったと言っても過言ではない。

いるはずのない智が、ソファーに座って私を見ているような気がする。

シャツの前を肌蹴け、私を見つめる智が、クスッと笑う。

「明日、帰るからな……。」

私は台の上でキューを構え、幻想の智に向かって突く。

幻想の智は消え、代わりに、庭に続く扉が開いた。










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