「三日月」
三日月(やま)【21~Last】

三日月 ㉖

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東京に戻ると、私はすぐに公爵のところへ行った。

これまでの不義理を詫びなければならない。

公爵はただ黙って私の言葉を聞いていた。

そして、最後につぶやくように言う。

「智を頼む……。あれは母親に似て優しすぎるから……。」

庭のバラを見つめる公爵の目には、柔らかい愛情が溢れていた。

「和子の我が儘も……許してやってくれ。和子の気の強い所は、私似だ……。」

「公爵……我が儘だなんて……。」

「妻が智に執着したのは、先代が男の子を強要したせいもあっただろう……。

 最初が和子だったせいで、心無いことを散々言われたようだ。

 苦しんでいる妻に……正直、どうしていいかわからなかった……。

 妻が死んだ責任は、私にもある……。そのせいで、智も和子も……。」

「公爵……。」

「私の目の黒い内は私がどうとでもしよう。

 だが、その後は……この家を頼む……。」

公爵はゆっくり頭を下げた。

「頭を上げてください……。」

公爵はそのままの姿勢を崩さない。

私も頭を下げ、公爵の言葉をじっと噛みしめた。



颯は……本当に可愛い赤ちゃんだった。

肉付きのいい柔らかな白い肌。

大きな薄茶の瞳。

笑った顔は、智の子供の頃かと錯覚するほど似ていて、

人見知りすることもなく、その小さな手で私の指を握る。

「赤ちゃんとは、こんなに可愛いものなのか?」

私が尋ねると、和子は一瞬驚いてクスッと笑う。

「あなたは意外に親ばかでしたわね。」

「そ、そんなことはない。これほど可愛い赤ちゃんに出会ったことがないだけだ。」

「親は皆、そう思うものですわ。」

和子は颯を抱いたまま、聖母のように笑う。

和子がその気持ちを犠牲にしてまでも欲した子供……。

その価値は存分にあったわけだ。

これほど智に似ていれば、和子も満足だろう。

そして私も……。

「智に……そっくりだな。」

「ええ……。私と智には同じ血が流れていますから。」

和子がクスクス笑う。

「私を……憎んではいないのか?」

「あなたを憎む?感謝こそすれ、憎むなんて……。」

「君の大事な智を……私は連れ出した。」

「それは……私も智も望んだことです。」

和子の長い睫毛が影を作る。

颯の睫毛も長い……。

颯の目は和子似だ。

「智が……私を望んだことを……怒ってはいないのか?」

和子は、はぁと小さく溜め息をつく。

「私に私の気持ちがどうにもできないように、

 智にも自分の気持ちを自分で変えることなんてできないんです。

 受け入れるしか、諦めるしかないんです……。

 私には……颯がいます。」

颯が、あ~と、泣き声を上げる。

和子は体を揺らして颯をあやす。

その姿は正に西洋のキリスト母子像のようで、その眩しさに目を細める。

颯が唇の端を上げ、大きな口を開けて笑う。

天使のような笑顔……。

「初めてで……わからないのだが、これが父性と言うものなのか?

 智のように可愛くてしかたない。」

颯の笑顔は智と似すぎていて、今すぐにでも智に会いたくなる。

「ふふふ、そうですわ。きっとそれが父性愛です。」

和子は面白そうに笑う。

私が戸惑っているのが、そんなに面白いか?

「からかうな。私の智に対する気持ちは父性ではない。」

「ふふ、そうですわね。でも、同じ愛ですから。」

和子は愛しそうに颯の頬に唇を当てる。

「私の全ての愛をこの子は受け止めてくれる……こんな幸せなことはありません。」

「和子……。大丈夫なのか?その……。」

和子は少し首を傾げ、またクスッと笑う。

「大丈夫ですわ。私は母のようにはなりません。

 この子の為に……やらなければならないことがたくさんありますもの。」

「……すまない。」

「謝らないで。私も智をあなたに託したんですもの。

 私達は同士も同じ……。」

「……ありがとう。」

和子はニコッと笑って、颯をベッドに寝かせる。

「この間はごめんなさい。突然押しかけたりして……。」

「いや、智も嬉しそうだった。」

私は椅子に腰かけ、和子を見上げる。

「私も……智に会いたかった……。

 手紙でお知らせしてもよかったんですけど、それでは智に会えないかもしれない……。

 そう思ったら、どうしても行きたくなってしまって……。」

「私達の生活も、心配だったのだろう?」

和子は困ったように笑い、話を変える。

「そうそう、あなたの書いた本を……読みましたの。」

「あれを?あれは君にはちょっと難しいのではないか?」

「ええ、わからない所は雅紀さんに聞いて。」

颯のお腹に薄物を掛け、和子が私に向き直る。

「雅紀君か……。」

雅紀はまだ帝大生。

和子にもわかりやすく解説してくれたのだろう。

「とても勉強になりましたわ。」

「それはよかった。」

「私ね、読んで思いましたの。父の会社を手伝おうと。」

「まさか!和子が?」

「ええ。これからは女性も仕事を持つ時代がやって参りますわ。

 あなたが智のところにいる以上、誰かが父を手伝わなければ……。

 父だって、いつまでも元気でいてくれるとは限りませんもの。」

「それはそうだが……。」

「心配しないで。もちろん、表立って何かしたりしません。

 少しでも父の役に立てたらと……そう思っているんです。

 将来的には、あなたにも手伝ってもらいますわ。

 でも、当面は……私と雅紀さんでなんとかやっていこうと思ってますの。」

「……女が仕事をするなんて……大変だぞ。」

「わかってますわ。でも……あなたが戻ってくるまでですもの……。」

「私が戻ってくる……?」

私は和子が何を言っているのかわからない。

私は一生、智とあそこで暮らすものと思っていた……。

「ええ。智と一緒に。」

和子がにこやかに笑う。

「あなたは30歳になったら貴族院に出なければなりません。

 公爵家の使命です。だから、それまでに……智を連れて戻って来てください。」










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