「三日月」
三日月(やま)【21~Last】

三日月 ㉕

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「何をそんなにふて腐れている?」

智はベッドに腰かけたまま、なかなか入ってこない。

「別に……。」

そう言って立ち上がると、部屋を出て行こうとする。

「今日は別々に寝る……。」

ドアを開けて出て行く智の背に、声高に名前を呼ぶ。

「智!」

ベッドから下り、慌てて智を追う。

「待って!智!」

廊下で智を捕まえ、腕を掴んで抱きしめる。

「……やっ…………。」

「どうして?私が帰るのがそんなに不満?」

「……翔さんは……きっとここには戻ってこない……。

 そして……いつか気づく。」

顔を背け、か細い声は鼻にかかる。

泣いているのか?

「何に気づくって言うんだい?」

「それは……。でも、きっと帰ってこない……。」

「まさか!そんなことあるわけ……。」

「あるよ!僕には翔さんだけだけど、翔さんには未来がある!」

智が悲しげに私を見上げる。

「智……。」

「翔さんには……戻れば何でもある……。」

智の瞳が潤んでいく。

「翔さんは……本当に全てを捨てて……僕の所に戻って来れる?」

潤んだ瞳が、私を映す。

映った私は歪んで、一粒の涙となって流れ落ちる。

「……当たり前だよ……。」

私は智を強く抱きしめる。

智から離れられるわけがないじゃないか。

「私は……智なしでは生きていけない……。」

智は私の腕の中で首を振る。

「翔さんは……きっとわかってない……。

 なんでもできて、なんでも持ってる人だから……。」

私には意外だった。

智がそんな風に思っていたなんて……。

「智だって……。」

美貌も、地位も、家柄も、何でも持っているのは智ではないか。

確かに、外部との接触は遮断され、智に関わる人間は精査されていたかもしれない。

けれど、智の周りには美しいものも、高価なものも、いくらでもある。

現にこの家だって……。

「僕は……本当に欲しいものは手に入らない……。

 翔さん以外、何も僕にはない……。」

「どうしてそんなこと……。

 智を愛する人がたくさんいるじゃないか。

 智の好きなバラも、肌触りのいいシーツも、高価なソファーも、

 智だって何でも持ってる……。」

「違う!」

智が叫ぶ。

智がこんな声を出すのは初めてだ。

私は智を抱きしめる手に力を込める。

「そんなことないよ……。

 智だって自分で欲しいと思えば、何でも手に入る……。

 未来も……。」

「無理だ……絶対手に入らない……。」

「どうして?」

智は私に抱き着き、私の胸に額を擦りつける。

「未来……。僕には似つかわしくない言葉……。」

「そんなことないよ。確かにここでの生活は閉鎖的で、

 未来と言う言葉とはかけ離れているかもしれないけど……。」

「ほら、翔さんだってそう思ってる。」

「智……。」

私は困惑してなんと言っていいかわからなくなる。

私達の関係は、堂々と表立てるものではない。

私には妻がある。

智はその妻の弟だ。

未来を謳歌できる立場ではない……。

「もし、向こうに戻って……。」

智が言うのを躊躇う。

「向こうに戻って……何?」

「……ううん。いい。なんでもない……。」

私は智の髪を撫で、頬を私の方に向ける。

「言ってごらん。私のできる限りで叶えてあげるから……。」

智は私の胸に顔を埋め、小さく首を振る。

「僕は……翔さんさえいればいい。他に何もいらない……。

 翔さんにも、僕がいる。僕しかいない……。」

「智……。」

智はいったい何が言いたかったのだろう。

私の胸の中で瞳を揺らす智を、私はただ抱きしめるしかなかった。



私が東京へ戻る日、智は玄関まで送ってくれた。

「3日後には帰ってくるから、ちゃんとご飯を食べるんだよ。」

「……わかってる。」

「変なことは考えないで……。」

「わかってる。」

「……私はすぐに帰ってくる……。」

「……うん。」

私は智を抱きしめて、額に口づけると、智を見てニコッと笑う。

「お土産を……たくさん買ってくるから。」

智は首を振り、私を見上げる。

「……僕は、ここにいる。ここで待ってるから。」

心配そうな智の唇に、唇を合わせて言う。

「待っておいで。向こうでしなければいけないことを終えたら、

 すぐに戻ってくるから……。」

「うん……いってらっしゃい。」

「行ってくるよ。」

私は智に背を向け歩き出す。

「あ、待って!」

智が私を追ってくる。

「これ……。」

手にしていたのは少し大きめの包み。

「……?」

私は手渡された包みを持ち上げ、首を傾げる。

「翔さんが、ここに戻って来る時に……颯に渡して欲しい。

 絶対、帰ってすぐには渡さないで。戻って来る時に……。」

私は不思議に思ったが、うなずいて智を見つめる。

「わかった。戻って来る時に渡そう。」

ニコッと笑って智に口づけ、駅に向かう。

「何があっても……僕はここにいるから。」

智の言葉に、振り返って手を振る。

智の寂しそうな、切なそうな顔に、後ろ髪を引かれつつ、私は駅へ急いだ。



汽車に揺られながら夢を見た。

颯に会い、東京での日々が充実して……智のことを忘れてしまう私。

何を忘れているのかも忘れてしまう……そんな夢を。










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