「三日月」
三日月(やま)【21~Last】

三日月 ㉓

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私達の蜜月は穏やかに、時に激しく過ぎていく。

この別荘でなら、この別荘の中でなら、いつでもどこででも、

互いに触れ、抱きしめることができる。

大野家にいた時は、隠れて会うことしかできなかった二人だけれど、

ここでなら、誰憚ることなく、お互いの愛を確認できる。

伏し目がちな智の首筋に口付けることも、

一緒に水浴びをすることも……。

私のわずかな不安をよそに、智はのびのびと二人の生活を楽しんでいた。

私だとて……智とのこの生活に不満があるわけではない。

「智、ちゃんと服を着て!」

前の肌蹴たシャツで家の中を闊歩する智に、親のような小言を言う。

「どうして?また脱ぐのに?」

智はニコッと笑って私に体を摺り寄せる。

「智……。突然、誰が来るともわからない。」

「ここに……誰が来るって言うの?」

智はテーブルの上の桃を皮ごとかじる。

「わからないから言っている……。」

グチュッと……熟れすぎた果実は、智の口から手から、その実を溢れさせる。

甘い桃の香りと、滴り落ちる柔らかな果実の塊。

「ああ、そんなに汚して。」

「汚れたら洗えばいいよ。この桃は今食べないと食べられなくなっちゃう。」

「翔さんも食べる?」

智の差し出した桃に口を付け、一口齧る。

今までの私にはあり得ない行為だ。

けれど実は甘く、香(かぐわ)しく、今まで食べたどんな果実よりも濃厚で……。

「翔さん?」

見つめる智を横目に、智の手の中の果実を貪る。

智の指から滴る果肉を唇と舌で丁寧に舐めとっていく。

「あ……しょおさ……。」

智の腕を伝う果汁を、舌で追い、智の肘に到達すると、智が声を上げる。

「あぁ……しょ……。」

「どうしたの?桃を食べているだけだよ……。」

唇を、腕に添わせながら桃に戻す。

智の手の平を開かせて、手の中の桃に齧り付く。

グチュッと音を立てて桃が崩れていく。

「あ……翔さっ……。」

丁寧に手の平を舐め、桃の果肉を味わうと、智の手の平から溢れた果汁が床に零れる。

「智はもういらないの?こんなに甘いのに。」

「……いる。」

智は最後の種の周りの果肉をゆっくり口の前に持っていく。

「翔さんも……いる?」

私達は二人で桃に齧りつく。

両側から、互いの口の中を行き来させ、その甘く柔らかな実を堪能する。

智の口から溢れた果肉を智の唇ごと味わい、智の首筋を伝う果汁を、智の肌ごと味わう。

「あんっ……しょ……あっ……ぁあんっ……。」

智の腕が私の首に絡みつく。

肌蹴た智のシャツの中に手を入れ、ところどころ桃の味のする智の体を味わい尽くす。

熟れすぎた果実は、今、食べなければ……。

「しょ……ああ……僕は幸せだよ……二人でいられれば……。」

「私も……んぁっ……智といられれば……何もいらない……。」

私は知っている。

熟れすぎた果実より、もっと甘い智という果実を……。

もう、逃れることができないことも……。



数か月が過ぎ、私達の生活も落ち着きを取り戻した頃、和子から手紙が届いた。

ああ、手紙はこまめに来ていたのだが、とても大事な手紙が届いたのだ。

無事出産したという知らせ。

玉のような男の子だったと。

私と智は手を取り合って喜んだ。

これで、私の不安が一つ取り除かれた。



その数日後、帝大の教授からも、待っていたものが届いた。

その分厚い封筒を前に、智が首を捻る。

「何?これ。」

私は丁寧に封筒を開けていく。

「ん?これは……。」

中から出てきたのは、教授からの手紙と、分厚い原稿用紙の束。

「……これ、翔さんがずっと書いてたやつ?」

「……そうだよ。」

智は私の背中に抱き着き、後ろから私の手元を見つめる。

私は素早く教授の手紙に目を通す。

「何が書いてあるの?」

智が私の書いた原稿用紙を手に取ろうとする。

「そこからじゃ無理だよ。こっちへおいで。」

私は智を隣に促す。

「ぃやっ!ここからがいい。」

智は頑張って背中から腕を伸ばす。

私の背中が押されて、前かがみにさせられる。

「いいから、こっちへおいで。」

私は背中越しに智の体を掴み、胡坐をかいた膝へ乗せる。

智は素直に私の膝に乗ると、私の原稿を手に取り、首を傾げながら読み上げる。

「貿易……入門?」

「そうだよ。貿易の入門書があると、学生にも、これから仕事を始めたい人にも

 役立つと思ってね。

 今、帝大で使っている教科書は外国で作られたものだから、

 現在の日本には合わないしね。」

「すごい!翔さん!」

智は原稿用紙を掲げ、キラキラした目で私を見つめる。

私は笑って教授の手紙に目を通す。

「……ん……赤字を直して……もう少し加筆すれば使えるって。」

ここに来てから、コツコツと書き始めた原稿。

ここでは特にやることがなかったから、時間は十分あった。

大野の家に来てから、貪るように読んだ貿易についての本を、

まとめてみたいと思っていたのだ。

帝大でも経済を専攻していたから、私の興味に合致していて面白かった。

「智の絵は?どこまで進んだの?」

「ん~、もうちょっとかな?」

智も、ここに来て、絵を描き始めた。

元々絵を描くのは好きだったらしいが、本格的に描くのは初めてらしい。

「まだ見せてくれないの?」

「まだ……ダメ。できあがったらね……。」

智は描きかけの絵を見せてくれない。

私も書きかけの原稿を読まれたくはないので、同じような気持ちなのだろう。

大野家の現状や櫻井の家のことも気になってはいたが、

和子からの手紙と新聞でしか知る術がない。

特に記事にもなっていないから、私達のことは和子が上手くごまかしているのだろう。

それから半年、大野の家を出てから1年が過ぎた頃、和子と雅紀がやってきた。










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