「三日月」
三日月(やま)【21~Last】

三日月 ㉒

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大野家を出た私達は、人力車で駅へと急ぐ。

雅紀が一緒に来て、案内してくれると言う。

「どこへ行くの?」

駅に着くと、智が不安そうに雅紀に聞いた。

「懐かしいところです。」

雅紀は笑って荷物を持つと、ホームに向かって歩いて行く。

「懐かしいところ?」

智が首を傾げながら雅紀の後に続く。

私もそんな二人から遅れないよう後を追う。

「そうです。覚えていませんか?僕の実家の近くの別荘。」

「別荘?」

智は、ん~と考えて、ハッとにっこり笑う。

「覚えてるに決まってる!翔さんと初めてあった場所!」

「あそこか……。」

あそこなら母の実家の別荘も近い。

なんとかなるか?

私達は汽車を乗り継ぎ、そこへ向かう。

外に出ることのあまりない智の体を考えて、一等客室にしたが、

それでも慣れない汽車は腰が痛くなる。

「なんか、旅行に行くみたい!」

智は不安を隠すように、わざとはしゃいで明るく振る舞った。

私も複雑な想いをどうしたらいいかわからない。

本当にこれでいいのだろうか?

和子とお腹の子は……幸せになれるのだろうか?

「大丈夫です。あそこでなら、二人でいられるはず……。」

不安そうな私と智を、安心させるように雅紀が言った。

「雅紀君……ありがとう。」

「いえ、僕は……こんなことしかできないから……。」

はにかんだ笑顔を見せる雅紀に、私の胸が熱くなる。

これからも……お世話にならなければならない。

和子のことも、お腹の子のことも……。

雅紀は……それでいいのだろうか?

いや……縋るしかない。

今、頼れるのは雅紀だけなのだ。

「和子とお腹の子を、よろしくお願いします。」

私が頭を下げると、雅紀は大げさに首を振り、頭を上げてくれと言う。

「僕にできることなんて……。大したことはできないから。」

「そんなことはない。君はこんなことまでしてくれている。

 感謝しかない……。」

重たくなった左肩を見ると、智が軽く寝息を立てている。

「揺れが気持ちよかったのかな……。」

私は智の頭が落ちないよう、安定するように肩に乗せる。

ふと見ると、雅紀が愛おしそうに智を見ている。

雅紀も……智に囚われた一人なのか?

「雅紀……。」

声を掛けると、ハッとしたように顔を隠す。

「君も智を……?」

雅紀は困ったように笑って、頭を掻いた。

「智さんは……誰にとっても魅力的です。」

「雅紀君……。」

「あ……でも勘違いしないでください。

 僕には……智さんとどうにかなるなんて勇気はありませんから。」

雅紀の顔から本心を読み取ろうとしたが、雅紀は笑って隠そうとする。

「だが……今までにも何度もチャンスはあったのではないのか?

 君達は幼馴染なのだから。」

雅紀はクスッと笑う。

「ええ……あったと言えば……あったのかもしれません。

 でも……そんな勇気は僕にはなかった……。

 智さんに拒否されたら……僕は生きていけない……。」

雅紀は苦し気に笑って、チラッと智を見る。

「だから僕は……智さんに触ったこともないんです。

 自分の気持ちに気づいてからは……。」

「では……私が憎くはないのか?智をさらっていく私は……。」

雅紀は、ははと自嘲気味に笑う。

「憎い……というのとは違いますが、悔しい、羨ましい感情はあります。

 翔さんの立場が、自分であったならばと……。

 でも、智さんの笑顔を守る為だから……。

 もう、奥様が亡くなった時のような智さんは見たくないんです……。」

雅紀はさわやかに笑う。

「だから……智さんを幸せにしてください。

 それが、僕と和子さんの願いです……。」

「雅紀君……。」

私は、雅紀や和子の為にも、智と幸せにならなければいけないと思った。

私に寄りかかりながら、安心したようにスヤスヤ眠る智。

智さえいれば……他に何もなくても……。

私はそっと智の手を握った。



別荘に着くと、帰りの汽車の時間があるからと、すぐに雅紀は帰っていった。

週に二度ほど通いで手伝いをよこしてくれると言う。

信用できる人間を選りすぐったが、念の為、智はその二日は部屋から出さないようにと

念を押される。

二人が生活できる位の資金は、雅紀が持ってきてくれると言っていた。

何から何まで和子と雅紀に頼りっきりになる……。

私はこれでいいのだろうか?

別荘に着くなり、智が私の手を引いて庭に降りていく。

「智!少しお茶でも飲んで……。」

「いいから来て!」

早足で歩く智について庭を横切ると、見覚えのある場所に出る。

「ほら、そこ!」

智が指さしたのは、私と智が最初に会った場所。

「ここは……。」

「そうだよ。覚えてる?僕がバラに絡まれて……。」

「忘れるわけがない。」

私はゆっくり近づいて、バラの蔓に手を伸ばす。

「あの日……。ずっとみんなに見張られてて、息もできなくて……逃げ出したんだ。

 自由になりたくて。外で、思いっきり走り回りたくて。

 そうしたら、ここでバラが咲いてて……。」

智もバラの蔓に手を伸ばす。

「こうやって、ああ、きれいだな、こっちの花も、こっちもって、見てたら

いつの間にか服をひっかけちゃって。」

智が楽しそうに笑う。

「服が破けたら、外に出たことがばれてお母様に怒られる。

 そう思って悲しくなって……。」

智が悲しそうな顔を作って、私を見上げる。

「そうして、翔さんがやってきた。

 朝のさわやかな光の中、翔さんは西洋の絵本の中にいる王子様みたいだった。」

「な、何を……。」

私が照れて顔を隠すと、智はさらに楽しそうに笑う。

「一瞬でときめいて……。同時に、あんな恰好で会うのが恥ずかしくて……。

 一言もしゃべれなかった。」

智はバラの蔓を見上げる。

そうだ。

あの頃から恋い焦がれた相手……。

智が目の前にいるのだ。

私は後ろから智を抱きしめる。

手に、体に感じる実態のある温もり……。

「私は……お人形のようだと思ったよ。」

智のうなじに顔を埋める。

バラのような甘い香りが、私の鼻を掠める。

智は私の腕に手を添え、肩越しに振り返る。

「夜……蛍を見に行こう。」

「そうだね……。」

今時期では蛍にはまだ早い……。

蛍が飛ぶ季節になったら……見に行こう。智……。

私は智の唇に唇を合わせる。

智さえいればいい……。

他に何がなくても……。










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