「三日月」
三日月(やま)【1~20】

三日月 ⑲

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和子に呼ばれたのは、それから間もなくのことだった。

1階の一番奥の部屋、以前、誰かの睦言を立ち聞きしたあの部屋。

そこに呼ばれたのは偶然か?

私はおずおずとそのドアを開ける。

今日、そんなことが起こっているとは思わないが、誰かが逢瀬に使った部屋……。

覗き見するような、いけないことをするような不埒な気分に襲われる。

中は質素な部屋で、たぶん、客のお供の者の控え部屋になっているのだろう。

簡素なベッドと机が置いてあるだけだ。

「どうしたんだい?こんなところに呼び出して……。」

すでに和子はそこにいて、ベッドに腰かけている。

「あなた……。」

和子の顔がいつになく真剣だ。

「何か……心配ごとでもあるのか?」

私は和子の隣に腰を下ろす。

「使用人達が……気づいています……。」

私の胸がドキッと音を立てる。

まさか、私と智のことか?

いや……そんなはずはない……。

誰かに見られた様子はなかった……。

慎重に会ってはいたはずだ……。

だが、夢中になっている時だったら?

気付かないうちに見られていてもおかしくはない……。

それとも……。

まさか……潤か?

いや、まだ私と智のことと決まったわけではない。

「潤からも……聞きました。

 あの子は口を噤んだのですが、私が無理やり……。」

間違いない……私と智のことだ。

私の顔から血の気が引いて行く。

「本気……なのでございますか?」

和子の瞳が私を見据える。

「……すまない……。」

私は視線を外し、和子から顔を背ける。

「本気なのかと聞いているんです。

 あなたは……本気で智を……弟を愛しているのですか?」

私は息を飲む。

私の気持ちははっきりしている。

だが、それを和子に伝えてもいいものだろうか?

和子は……私の妻だ。

しかも身重だ。

和子には衝撃が大きすぎるのではないか?

では……嘘……をつくのか?和子に?

私は恐る恐る和子の方を向く。

和子はじっと私の言葉を待っている。

和子の、少し大きくなったお腹も目に入る。

「私は……。」

一度目を瞑り、深く息を吐く。

和子に……嘘はつけない……。

それが、わずかに残った私の誠意だ。

「私は……。」

ドクドクと心臓が鳴る。

声が震える……。

和子を見ると、和子は静かに私を見つめている。

その薄茶の瞳は私を映し、怒るでもなく、泣くでもなく、

その姿はいつも通り凛として……。

私は意を決して口を開く。

「私は……智を愛している。……すまない。」

頭を下げ、膝の上で手を握り締める。

「それは……一時の気の迷いではなく?」

「ああ……。智は私の初恋……小さい頃に会っていたんだ。

 その時から、ずっと忘れられない存在だった。」

「あの子は……男です。

 あなたもあの子も後ろ指さされるかもしれません。」

「それでも!」

私は顔を上げる。

「それでも……もう、智なしでは生きていけない……。

 本当にすまないと思っている。」

また、私は頭を下げる。

さっきより深く。

「そう……。」

和子は短くそう言って、私の肩に手を添える。

「顔を上げて?」

おずおずと顔を上げると、和子は穏やかな笑みを浮かべて私を見ている。

「こうなることは……わかってました……。」

私の肩から手を離し、私の手を握り締める。

「あの子を……私の大事な智を……よろしくお願いします。」

今度は和子が頭を下げる。

「な、何を言っているんだ……。私は不貞を働いた……。

 しかも相手は妻の弟だ。罵声を浴びせられてもおかしくはない。

 それを……。」

「最初から……こうなることはわかっていたんです。」

和子は落ち着いた、意思を持った声で語り続ける。

「あの子の病は……病ではありませんけど……。

 人を惑わす性質のことなのです。」

「人を惑わす……?」

「そうです……最初は、あの子に付いた子守りの少女でした。

 まだ12、3の女の子が、5歳になったばかりのあの子を連れ去ろうとしたんです。

 びっくりしました。可愛いから欲しくなる……お人形を欲しがるようなものなのかと

 思っていたのですが、そうではありませんでした……。」

「そうではなかったというのは……?」

「その子は……智と離されて、自害しようとしたんです。」

「……!」

私は言葉を飲み込む。

年端もいかぬ少女が、そんな幼児に本気になれるものなのか?

「すんでのところで助かりましたけど……少女は親元に返しました。

 それくらい、少女にとっては真剣だったんです。」

「智はそれを知っているのかい?」

「さぁ、どうでしょう……覚えているかどうか……まだ小さかったから。」

「智……。」

智の魅力が罪なのか?

「それからも……似たようなことが度々ありました。

 大小、様々でしたけど、みんなあの子から離れられなくなってしまうんです。

 一度智の魅力に気づいてしまったら、誰一人、逃れられないんです。」

和子は苦しそうに笑う。

「もちろん、家族とて例外ではありません。私だって……。」

和子がそっと目を伏せる。

「あの子と離れるなんて耐えられない……!あの子が誰かと結婚する?

 誰かと恋に落ちる?そんなこと、許せるわけがない!」

静かに、でも青い炎のように揺らめく和子の熱情。

「母も……同じでした。溺愛……本当に言葉の通り、溺れたんです。智に。」










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