「三日月」
三日月(やま)【1~20】

三日月 ⑪

 ←三日月 ⑩ →三日月 ⑫

あれ以来、私は智を避けるようにしていた。

とは言っても、元々あまり会う機会はない。

すれ違うことがあっても、挨拶する程度にとどめただけだ。

今までと、そう変わったことはない。

智も、最初は何か言いたげに私を見ていたが、

徐々に、私に合わせて挨拶だけし、足を止めることなく行ってしまうようになった。

和子も気に留める素振りはない。

智は……どう思っているのだろうか。

撞球場でのあれは気まぐれで、

懐かしさと背徳感に酔っていただけのことにすぎなかったのだろうか。

きっとそうだ。

そうに違いない……。

ただ、雅紀だけは、私達の間の変化に気が付いているのか、怪訝そうな顔で私を見ていた。

雅紀は和子と智の幼馴染だと言っていた。

私より、智の変化に気づいているのかもしれない……。

相変わらず、和子の子作りは続き、ここまでしてできないのは、

よっぽど相性が悪いのかと、半ばあきらめかけていた。

それでも和子の気が済むならと、求められるままに相手をする。

だが、和子とのそれは、どんなに繰り返しても、薬を飲んでも、

撞球場での智との口づけほど、私を浮遊させてはくれなかった。



バラも散り始め、最後にもう一度、あの芳香を楽しもうと庭先を散策していると、

温室の奥の東屋(あずまや)の方から声が聞こえてくる。

クスクス笑いと、楽し気な声。

あの、部屋から漏れ聞こえてきた睦言を思い出す。

まさか、外では……。

そう思いながら、足音を忍ばせて東屋に向かう。

姿を見られないよう、木陰を選んで近づいて行く。

最初に目に入ったのは、智が楽しそうに笑う姿だった。

智……?

誰かと一緒にいる……?

私はさらに気を配り、近づいて行く。

「んふふ。そうそう。上手……。」

クスクス笑いながら、智は親し気に腕を掴む。

「こ、これでいいんですかい?」

「ん。……潤は筋がいい……。」

私はパタッと足を止める。

相手は潤か?

あの、庭師と!

公爵家の長男ともあろう人が、庭師なんかと!

私は勢い込んで二人の前に出る。

「わ、若旦那!」

潤がびっくりして、体が後ろにひっくり返りそうになる。

智は私を見て一瞬驚いたものの、すぐにいつものにこやかな笑顔に変わる。

「翔さん、どうしたの?」

「こ、こんな所で何をしている?」

「何って……潤に字を教えているんだけど……?」

見ると、二人の前には大学ノートと鉛筆が転がっている。

潤の手にもしっかりと鉛筆が握られている。

「も、申し訳ねぇです。オレ、すぐ仕事に戻りますんで!」

立ち上がろうとする潤を制して智が言う。

「いいから。字の勉強も仕事のうち。姉様に言われたんでしょ?」

「はぁ……。」

潤はどうしていいかわからず、私と智をキョロキョロと見る。

智は強引に潤の腕を引いて座らせる。

「何も公爵家の長男が、自ら教える必要は……。」

「僕が教えたいと思ったんだから、いいんだよ。この家で一番暇なのは僕だし。」

智は自嘲するように笑う。

「智君……。」

「だから……邪魔しないで、翔さん。」

挑むような智の目に、私は一歩退く。

「潤……ほら、続き……。」

「は、はぁ……。」

潤はチラッと私を見て、申し訳なさそうに頭を下げ、ノートに鉛筆を走らせる。

「そうそう、上手!」

智は潤の腕を抱き、体を寄り添わせる。

「でも、ここはもう少し……こう。」

後ろから腕を回し、潤の手を握って書き方を教える。

カァーッと赤くなった潤が、またチラッと私を見上げる。

私は居たたまれなくなって、その場を離れる。

後ろから、楽し気な声とクスクス笑いが、私を追って来るようで、

私は足早に部屋に戻った。

部屋に入り、椅子に腰かけると、体重を全て預けて天井を仰ぐ。

智は……もうすでに私などどうでもいいのだろうか?

潤がいれば……私など、もう用はない……そう言われたようで、

フツフツと込み上げる苛立ちを抑えきれず、バンッと拳で机を叩いた。

叩いた手が赤くなり、傷みが走る。

それでも苛立ちが消えてなくなることはなく、

心を静める為、レコードをかけようと立ち上がる。

コンコンとドアをノックする音に振り返らず答える。

「はい。……どうぞ。」

ガチャッとドアが開き、入って来たのは雅紀だった。

「何か……ありましたか?」

「……どうして?」

「物音が……。」

雅紀は訝しそうに私を見る。

「ああ、ちょっと本を落としてしまっただけだよ。」

部屋の中を見回して、壊れた物がないのに安心したのか、

いつもの爽やかな笑顔で私の手元を見つめる。

「ドボルザーク……ですか?」

「ああ……。」

私はレコードを盤の上に乗せる。

「交響曲第九番……新世界だ。」

針を下ろすと、ジィーとレコードの回る音がし、しばらくすると静かな音色が流れ始めた。










関連記事
スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png a Day in Our Life
総もくじ 3kaku_s_L.png Kissからはじめよう
総もくじ 3kaku_s_L.png Step and Go
総もくじ 3kaku_s_L.png 果てない空
総もくじ 3kaku_s_L.png タイムカプセル
総もくじ 3kaku_s_L.png Hello Goodbye
総もくじ 3kaku_s_L.png season
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏の名前
総もくじ 3kaku_s_L.png Welcome to our party
総もくじ 3kaku_s_L.png Deepな冒険
総もくじ 3kaku_s_L.png 三日月
総もくじ 3kaku_s_L.png WONDER-LOVE
総もくじ 3kaku_s_L.png みんなと作ったお話
総もくじ 3kaku_s_L.png 大人の童話
総もくじ  3kaku_s_L.png a Day in Our Life
総もくじ  3kaku_s_L.png Kissからはじめよう
総もくじ  3kaku_s_L.png Step and Go
総もくじ  3kaku_s_L.png 果てない空
総もくじ  3kaku_s_L.png タイムカプセル
総もくじ  3kaku_s_L.png Hello Goodbye
総もくじ  3kaku_s_L.png season
もくじ  3kaku_s_L.png 五里霧中(5人)
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏の名前
もくじ  3kaku_s_L.png Troublemaker(5人)
もくじ  3kaku_s_L.png Crazy Moon(5人)
総もくじ  3kaku_s_L.png Welcome to our party
総もくじ  3kaku_s_L.png Deepな冒険
もくじ  3kaku_s_L.png 花火(やま)
もくじ  3kaku_s_L.png miyabi-night(5人)
もくじ  3kaku_s_L.png ZERO-G
もくじ  3kaku_s_L.png 復活LOVE(やま)
総もくじ  3kaku_s_L.png 三日月
総もくじ  3kaku_s_L.png WONDER-LOVE
総もくじ  3kaku_s_L.png みんなと作ったお話
もくじ  3kaku_s_L.png Believe
もくじ  3kaku_s_L.png コスモス
総もくじ  3kaku_s_L.png 大人の童話
もくじ  3kaku_s_L.png 智君BD
もくじ  3kaku_s_L.png ブログ
もくじ  3kaku_s_L.png ティータイム
【三日月 ⑩】へ  【三日月 ⑫】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
  • 【三日月 ⑩】へ
  • 【三日月 ⑫】へ