「三日月」
三日月(やま)【1~20】

三日月 ⑩

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私はそっと智の顔に唇を近づけ、その赤い唇に唇の先を触れさせる。

「あっ……。」

ビクッと、智の体が揺れる。

智は目を瞑り、私を待つ。

私はそのまま唇を押し付け、柔らかい智の唇の上で時間を止める。

智の温もりが唇から伝わり、智の鼓動を体で感じる。

初めて感じる、浮遊感にも似た感覚。

心も体も、実態を持たない何かになったように、溶け合い混ざり合う感触。

智の手が動き、私の手を探す。

私は智の手を握り締め、指を絡める。

握り返す智の指に、わけのわからない想いが押し寄せ、

胸をぎゅっと掴まれたようになる。

私は唇を動かし、智の上唇を甘噛みする。

智もそれに呼応するように、下唇を動かす。

柔らかい唇の感触に、これが現実であるかどうかわからなくなってくる。

お互いの唇を甘噛みし、少し位置をずらして空間を作ると、智の唇が微かに開く。

そこに、舌を押し込んで、智の舌を絡めとる。

クチュッ……と唾液の音が撞球場に響き、突き上げるものを煽っていく。

「ぁっ……んふぅ……。」

智の吐息と、ヌチャッとした生温かい粘膜が、私の舌を包み込む。

握り締めた手を徐々に智の側に近づけ、智を抱きしめるように口づけを繰り返す。

柔らかな智の舌触りは、私を奥へ奥へと誘(いざな)っていく。

止められない想いに身を任せようとそう思った時、庭を横切る明かりが目に入る。

私は動きを止め、じっと様子を伺う。

「……どう…した…の?」

シッと唇に指を当て、窓の外を見つめる。

智も振り返って窓の外に目をやる。

また、明かりが横切る。

こんな時間に誰が……?

そっと智から離れ、智を台の上に座らせる。

明かりは徐々に近づき、撞球場と庭に通じる扉が、ギィと小さな音を立てて開けられる。

寸前に、智の手を取り、台から下す。

「こんな時間に若旦那様……。」

顔を出したのは潤だ。

「お前こそ、どうしたんだい?」

「はぁ、オレ、バラの様子が気になって……。」

私は軽く笑い声を上げる。

「今日はそんなに風が強いのかい?」

「いえ……そうじゃ…なく……今日初めて爺ちゃんいないから……。」

潤はしどろもどろになりながら説明し、背を向けている智をじっと見つめる。

「智坊ちゃん……?」

智は口の周りを手で拭って振り返る。

「何?」

智はいつものように、にこやかに笑う。

「坊ちゃんと若旦那……仲がいいんですねぇ。」

潤は羨ましそうに、私と智を交互に見る。

「ああ、撞球を教えてあげていたんだよ。智君はあまり外に出ないから。」

「そうで…すか……。」

「潤、いいから普通にしゃべって。姉様に言われて気を使ってるんだろうけど、

 その話し方じゃ、日が暮れちゃう。」

「坊ちゃん……もう日は暮れてますです。」

「潤……。」

智が困った顔をして私を見るので、私はクスッと笑った。

それに釣られて智も笑う。

潤はどうして笑っているのかわからない様子で、顔を赤くして頭を掻いた。

「ああ、潤のことを笑ったわけじゃない。これは智君の言葉の選び方が悪い。」

「翔さん!」

「そうだろ?」

私が片目を瞑ると、智は面白くなさそうに口を尖らせる。

「さ、もう遅い。今日はここまでにして、智君も部屋に戻ろうか。」

「……翔さん…………。」

智が切なそうに私を見上げる。

「潤も、こんな時間まで起きていたのでは仕事に差し支える。」

「はぁ。」

「君がいなければ、バラが枯れてしまうんだよ。」

潤が申し訳なさそうに胸の前で両手を握る。

潤は仕事熱心なだけだ。

私達とは違う……。

私は潤が不憫になり、ポケットから小銭を取り出すと潤の手に握らせる。

「仕事熱心な君へのご褒美だ。アイスクリームでも食べるといい。」

「若旦那様……。」

潤の顔がパッと華やぐ。

それを見ていた智が、おもむろに口を開く。

「潤……僕はまだ寝られそうにないから……、

 僕の部屋で少し話相手になってくれないかな?」

潤の目が見開かれ、嬉しそうに笑う。

「坊ちゃん……。」

私が智に目をやると、智が気だるそうに髪をかき上げた。

「ダメだ!潤はすぐに自分の部屋に戻りなさい。

 智……あなたも自分の部屋へ戻って。」

「どうして?僕の行動を翔さんに指示される言われはない。」

「は、早く寝なければ体に負担が……。」

「負担なんてない。僕の体はどこも悪くなんかない!」

智は叫ぶように言うと、撞球場の扉に向かう。

「健康な……男子なんだよ?眠れるわけないじゃないか。」

さも恨めしそうに私を見つめ、扉を開け、出て行く。

「智!」

私は掛け寄ろうとして躊躇する。

潤が、何が起こっているのか、不思議そうに智の出て行った扉を見つめている。

「明日も早い。部屋に戻って。」

「へぇ。」

潤は一礼して庭に通じる扉から出て行く。

私は溜め息をついて撞球場を見回す。

危ないとこだった……。

やはり、欲望に負けてはいけない。

自制しなければ……。

智は妻の弟だ。

義理の弟なんだ。

私は何度も自分に言い聞かせる。

そしてふと思い出す。

智の言葉。

『僕の体はどこも悪いとこなんかない』

智は確かにそう言った。

では、智の病とは何なのだ?

和子が何かを隠してることは明らかで、でも、それを私には教えたくないのだ。

智もか?

窓から3階の端の部屋を見つめる。

しばらくすると、ポッと明かりが灯り、私は安堵して撞球場の明かりを消した。










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