「三日月」
三日月(やま)【1~20】

三日月 ⑨

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初恋の淡い思い出は、大事に大事に心の底にしまってある。

ビロードで包んで、綺麗な宝石箱に入れられて。

その思い出の少女が、今、目の前にいる。

運命とは面白いものだ。

「あれが智君だとしたら……どうして女の子の服なんて?」

「それは……。」

智は顔を伏せ、言いよどむ。

顔にできた影が、これ以上聞くなと言っているようで、私は話題を変えざるを得ない。

「とても似合っていたけどね。だから、すっかり女の子だと思っていたよ。

 蛍も……待っていたんだよ。」

私の言葉に、智がついと顔を上げる。

「僕も……行ったんだよ、あの日。」

「来てたの?じゃ、どうして声を掛けてくれなかったんだい?」

「声は……掛けられなかった……。」

智はまた顔を伏せる。

自分の足元をじっと見るその姿は、か細く儚げで、思わず抱きしめたい衝動にかられる。

私はグッと拳を握り、智の手からキューを取り上げる。

「翔さん……?」

見上げる智を後目(しりめ)に、キューを元に戻す振りをして離れる。

近くにいてはダメだ。

私の理性がどこまで保てるか……。

「それは……蛍は見たかったけど……話はしたくなかったってこと?」

キューを戻し、戸惑いながら聞いてみる。

「違う!」

智の声が背中に響く。

「声を掛けたかったけど……翔さんはお母様と一緒だったから……。」

「母と一緒だって、構わなかったのに。」

「……邪魔をしてはいけない気がして……。」

私は振り返って智を見る。

智は台に腰を預けたまま、右手の先で玉を転がし、それをぼーっと見つめている。

私は智を振り向かせたかった。

私を見つめさせたくなって、その場から話を続ける。

「大丈夫だったのに。母はそんなこと気にする人じゃない。」

「……わかってる。見ててわかった。」

「それなら……。」

「素敵なお母様だったから……声を掛けられなかったんだ……。」

「智……。」

智の母は早くに亡くなったと聞いている。

だから、邪魔をしてはいけないと思ったのか?

母に対する智の想いは、相当大きいように思えた。

幼いうちに母を亡くしたのだ、当たり前の感情か。

私も、母が亡くなってからずいぶん経つ今でも、母を思い出すと胸が締め付けられる。

「では……今度、一緒に蛍を見に行こうか。

 あの時の約束……時効はまだ成立していないだろう?」

智がパッと顔を上げる。

「……いいの?」

「もちろん。……但し、体の具合が良ければ、だよ。

 君に何かあったら和子に何を言われるか。」

軽口を叩くような口調でそう言って、智に近づく。

「大丈夫。体調はすこぶるいいんだ。いつ?いつ行く?」

はしゃいだように笑って、智は私を見つめる。

そんなに嬉しいのか?

そんなことが?

私も笑って、智の手を取る。

「いつでも……和子の都合が合いさえすれば……。」

笑っていた智の顔から表情が消える。

「……姉様も一緒?」

「……そのつもり…だが……。」

私は智の態度に困惑する。

智は……私と二人で行きたいのか?

沸き立つ心と相対して、懐疑の念が頭をもたげる。

仲の良い姉弟……。

そう思っていたのは勘違いか?

「そう……。」

俯いた智の手が、私の手からこぼれ落ちる。

智は背中を台に預け、両手を着くと、スッと体を持ち上げ台の上に座る。

「わかった。いいよ。行って。僕はもう少し、ここで遊んでいくから……。」

「智…君……。」

「いいから行って!」

智は空に浮いた足をブラブラ揺らすと、ゆっくり台の上に上半身を倒した。

「智っ!」

私は掛けより、台に手を着いて智の表情を窺う。

「怒って……いるのかい?」

「怒ってないよ……。」

智は天井を見つめながら言う。

「怒っているじゃないか。」

「怒ってない……。」

智は両手の甲を顔の前で交差させ、顔に押し当てる。

「じゃ、どうしてそんな顏……。」

「何も……何も思ってなんか……。」

私は智の手首を掴んで顔から引き離す。

「それが……何も思っていない顔かい?」

あの時のように、瞳いっぱいに涙を溜めた智が私を見上げる。

「……あの約束は……僕と……翔さんの…二人だけの……。」

私の胸がカァーッと熱くなる。

つま先を伸ばし、智の上に覆いかぶさるように両手を着く。

「そうだったね……すまない……。」

着いた手で、智の髪を撫でる。

「泣くなんて……みっともないと…思ってる?」

智は手の甲で目を擦りながらそう言うと、真っ直ぐに私を見つめる。

「思ってないよ……。今回は私が悪かった……。」

「違う……僕が我が儘なだけ……。翔さんは姉様の夫……。

 一緒に行くのが当然なんだ……。

 でも、それが嫌だと思う……僕が悪い……。」

智の目からは止めどなく涙が溢れる。

私は智の髪を撫で続け、優しく笑いかける。

「そんなことはない。あれは君と私、二人の約束だ。

 他の人を入れようと思った私が悪い……。

 だから、もう泣かないで……。

 君の涙に……私はどうも弱いらしい。」

私が困ったように眉間に皺を寄せると、智が泣きながらクスッと笑う。

「じゃ、翔さんにお願いごとをする時は、泣きながらしなくちゃ。」

「そうだね。そうしたら、君は何でも手に入れられるよ。」

私は笑って、智の額の髪をかき上げる。

「それなら、今がチャンス……。泣いてる今が……。」

「ははは。そうだね。何かお強請りがあるのかい?

 私にできる範囲なら……。」

私の言葉を遮るように、智の腕が私の首に絡みつく。

「お願い……一度でいいから……一度だけでいいから……。」

私が首を傾げて智の顔を見つめると、智の腕に力が入って、私の体が引き寄せられる。

「さ……とし……?」

智の顔の直前で、肘を付いて止める。

これ以上近づけば、私の理性がどうなるか……。

智は懇願するように私を見つめ、唇をゆっくりと開く。

「ただ一度……一度だけ……口づけを……。」

縋るような智の瞳に……私が勝てるわけがなかった。










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