「三日月」
三日月(やま)【1~20】

三日月 ④

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その日から、私はずっと考えている。

何を忘れているのだろう。

智と過去に会ったことがあるのか……。

あれほどの美少年、会っていたら覚えていないはずがない。

あの会話のどこかにヒントがあったのだろうか?

勝負?

撞球?

三日月?

……名前?

智は私のことを『翔さん』と呼んだ。

私のことを翔さんと呼ぶのは亡くなった母と祖母の2人だけだ。

もちろん、初めて会った人でもそう呼ぶ人がいなかったわけではないが……。

私は書斎の引き出しから一枚の写真を取り出す。

母が亡くなる少し前、私が十歳の時に、母に連れられて写真館で撮った写真だ。

母は、一番気に入っていた藤色の着物を着て椅子に腰かけ、その肩に手を置く幼い頃の私。

その日はとても暑く、私は体の弱い母が心配で仕方なかった。

わざわざこんな日に出掛けなくても……。

そう思ったが、母は穏やかに笑って私の手を引く。

「……ごめんなさいね。翔さん。」

母の手は、ひんやりと冷たく、私は温めようとぎゅっと握り込んだのを覚えている。

今思えば……、母は自分の最後を感じていたのかもしれない。

線の細い、儚い母ではあったが、私も兄も、十分に愛されて育った。

父でさえも、母を大事にしていたのがわかった。

父には数人の妾がいたが、母を第一に扱っていたのは、誰の目にも明らかで、

母が亡くなってからも、いくつもの縁談を断り、父が独身でいたのがその証拠だろう。

智に……どこで会ったのだろう?

次の三日月の晩に、教えてくれるのだろうか?

私は写真をしまうと、読みかけの本を開いて目を落とした。

ちょうどタイミングよく、ドアがノックされる。

「失礼します。」

入って来たのは雅紀だ。

「和子さんが、お茶が入ったのでいらっしゃって欲しいと……。」

「ああ、私はいいから、雅紀君、君が相手をしてやってくれ。」

私は本から視線を上げ、雅紀を見る。

「ですが……。」

「すまない……。どうしてもやってしまいたい仕事があるんだ。」

「……わかりました。」

雅紀は頭を下げ、部屋を出て行こうとする。

「ああ、そう言えば、君と和子は以前から知り合いだったのかい?」

「……ええ、幼馴染のようなものです。

 この家の亡くなった奥様の実家が、僕の家の近くで……。

 夏になるとよく泊まりに来ていたので、一緒に遊んでました。」

懐かしそうにクシャッと笑う。

「……智…君も……?」

「ええ、一緒に虫を取ったり、川で遊んだり。」

「体が弱いと聞いているが……その頃はそうでもなかったんだな。」

「……智の病は……昔からです。」

雅紀は視線を落とし、似合わない溜め息をつく。

智の病とはいったい、何だ?

「きっと、若旦那様も……。」

「……私?」

雅紀は苦虫を噛み潰したような顔をして、ドアを閉めた。

私はなんだかわからないモヤモヤしたものを抱えたまま、

また本に視線を戻す。

私も……なんだと言いたかったのだろうか?



雅紀がこの家に来てから、和子が私の寝所を訪れる回数が増えた。

どうしたんだと聞いても、早く子供が欲しいからの一点張りで、

正直、疲れて寝たい日もあったが、和子の求めに従った。

子を作ることも、私の大きな仕事の一つだ。

公爵からも、どうなんだと、聞かれることが度々あったが、

私達の間に、子供はなかなかできなかった。



そうこうしている内に、次の三日月がやってきた。

新月から、少しずつ姿を現す月は、細いがしっかりとその姿を輝かせる。

私は月を見上げ、撞球場へ続く地下へ向かう。

レンガで覆われたその通路には、ポツポツと明かりが点いていて、

明かりがレンガに反映して、オレンジ色の郷愁めいた光を放つ。

その中をゆっくり進み、撞球場へ続く階段を上る。

私は一つ、大きく息を吸って撞球場の扉を開ける。

中に智の姿はない。

ただ、台にキューが立てかけてある。

前回、智も私もキューをちゃんとしまっていたはず。

智か?

私はゆっくり台に向かう。

玉の位置が動いてる?

智が打ったのか?

私は部屋の中をくまなく見回す。

智の姿はどこにもない。

この間と違うのは、台に立てかけてあるキューと……。

私はゆっくりソファーに近づいて行く。

この間、智が寝そべっていたソファー。

そのソファーの上に、白いものが置かれている。

そっと手に取る。

「白い……ワンピース?」

そこに置いてあったのは、子供用の白いワンピースで、

それを見た瞬間、子供の頃の風景が頭を過る。

「白いワンピースの女の子……?」

あれが智だったのか?

私はワンピースを握り締め、窓から空を見上げる。

三日月が、その無垢なか細い光で、私に向かって語り掛ける。

やっと思い出したのかと。

私はキューを握り、玉を突く。

玉は勢いよく転がり、カンカンと順序よく、二つの玉を弾いた。










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