「三日月」
三日月(やま)【1~20】

三日月 ②

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次の日、私が珈琲を飲みに居間に行くと、和子は一人の青年を紹介してくれた。

「こちら、雅紀さん。母方の遠縁にあたる方で、

 今日から書生として一緒に暮らすことになりましたの。

 あなたも仲良くしてやってくださいましね。」

歳の頃は17、8と言ったところか。

背の高い優男。

田舎者とは思えない器量の良さだ。

雅紀と言うその青年は、私に向かって丁寧にお辞儀すると、

いかにも好青年という風情で笑いかける。

「和子の夫の翔です。君はどこで学んでいるんだい?」

私もできるだけ柔和な表情で挨拶する。

対抗するわけではないが、これから一緒に暮らすのだ。

印象は良いに越したことはない。

私は雅紀に聞いたのだが、雅紀と顔を合わせた和子が、代わって答える。

「うふふ。あなたと一緒の帝大です。こう見えて、雅紀さんはとても頭がいいの。」

和子が親し気に笑う。

「和子さん、そんなことはないんです。僕は運が良かっただけで……。

 翔さんも帝大ですか?」

「ああ、もう卒業してしまいましたが……。」

「それは残念だ。いろいろ教えて頂きたかったのに。」

「だめよ、雅紀さん。あなたはすぐ違うことに興味が沸いてしまうんだから。」

「ひどいなぁ、和子さん。僕は結構一途な男なんですよ。」

和子に笑いかける雅紀を見て、ふと、昨晩のことを思い出す。

あれはこの青年ではなかったのか?

「君は……。」

言い掛けて躊躇する。

あれが彼だったとして、ではもう一人は?

「なぁに?言い掛けて止めるなんて、いやらしいわ。」

和子がクスクス笑う。

まさか……相手は和子か?

楽し気に笑い合う二人を前に、私は一瞬、逡巡(しゅんじゅん)したものの、

敢えて聞いてみることにする。

二人の態度を見ればわかるだろうと思ったのだ。

「雅紀君……昨日は雨が降っていたから、ここへ来るのは大変だっただろう?」

クスクス笑っていた二人が笑うのを止め、顔を見合わせる。

和子は明らかに訝しみ、眉をひそめて私を見上げた。

「いやぁね。雅紀さんがここへ来たのは今朝一番の汽車ですわ。

 昨日は最後の晩を、家族と仲良く過ごしていたことでしょう……ねぇ?」

和子が雅紀を見上げる。

「え、ええ。僕が着いたのは今朝もだいぶ早い時間です。

 まだ空も明け切らぬ頃ですから、

 きっと和子さん以外、誰も気づかなかったんじゃないでしょうか。」

和子はにっこり笑ってうなずく。

「そうか、君が来たのは今朝だったんだね。これは申し訳ない。」

「いいんです。勘違いはよくあることです。気になさらないでください。

 では僕はまだ荷解きがありますので……。」

雅紀は最後にもう一度お辞儀をすると、クルッと踵を返す。

「あ、待って雅紀さん!」

和子が雅紀の背中に呼びかける。

「私、雅紀さんのお手伝いをして参りますので、

 用事がありましたら、お呼びくださいませね。」

和子は足早に雅紀の後を追う。

昨日のあれは、この二人だったのか?

それとも……。

結局、私には、最後まで判断がつかなかった。



その日、和子は友人と今流行りのカフェに行くと言い、めかし込んで私の部屋に来た。

智のことは、女中頭に言いつけておくから大丈夫だと念を押された。

智の病状はそんなに悪いのか?

見た感じでは、そんな雰囲気は感じられなかったが。

気になって聞いてみても、和子にも詳しくはわからないのか、

なんとなくはぐらかされる。

ただ、体が弱いと言うだけで、それ以上には触れてくれない。

夕方までには帰るからと、心配そうにしながらも、出かけて行った。

一人になった私は、かねてより行って見たかった撞球場に向かう。

大野家には撞球場がある。

庭の片隅に建てられていたが、地下に続く階段を下りると、撞球場に続いていて、

その秘密の抜け道のような造りに、密かにわくわくしていたのだ。

子供の頃の秘密基地のような感覚なのか。

通路を抜けて、階段を上ると、撞球場に出る。

私の関心は撞球場より通路にあったのだが、せっかく来たので、

久しぶりにキューを手にする。

手入れの行き届いたキューはしっくりとなじみ、私は台の上で構えてみる。

少し突いてみるか。

玉をいくつか転がし、手玉を目の前に置くと、思い切り突く。

カーンと高い音をさせて、玉が勢いよく弾ける。

久しぶりの感触に、胸が弾む。

次々に突いていく。

玉の当たる音。

ラシャの感覚。

夢中になっていると、後ろの方から声が聞こえた。

「……お兄さん、上手。」

びっくりして振り返る。

端に置かれたソファーに座り、クッションに体を預け、斜めになって私を見ているのは、

和子があれほど心配していた智だ。

「智……くん?」

「んふふ。智でいいよぉ。」

「でも、あなたの方が年上だから……。」

「でも、あなたは姉様の夫……この家の家長になる人なんだから。」

智が不思議な笑みを湛(たた)える。

憂えているようで、微笑んでいるようで……。

以前聞いた外国の絵画モナ・リザも、こんな微笑みなのだろうか。

私はどうしていいかわからず、咳払いすると、智に向かってキューを掲げる。

「智君も……やるかい?」

「……下手だけど、いいかなぁ?」

智は楽しそうに笑って、斜めになっていた体を起こした。










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