「三日月」
三日月(やま)【1~20】

三日月 ①

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私が初めて智に会ったのは、祝言の日だった。

智は背も小さく、この時代にはまだ珍しい洋装で、年端もいかぬ子どものように見えた。

私より一つ上だと聞いて驚く。

目が合うと、ニコッと笑う智を見て、私の心臓がドクンと鳴った。

色白で、今にも消えてしまいそうなほど儚い智から、私は目が離せなかった。



ある日、父が私を呼び出してこう言った。

「公爵家との縁談が決まった。今月六日に会うことになっているから、

 その心づもりでいるように。」

私はまだ帝大を卒業しておらず、急な話に戸惑った。

「何、心配するな。我が家は爵位では劣るが、後三条天皇の血筋。

 何も引け目を感じることはない。」

それでもまだ戸惑っている私に向かって、父はさらに続ける。

「はっはっは。相手が気になるか?

 案ずるな。とても美人だと聞いている。

 歳はお前より上だが、何、たいしたことはない。

 公爵がおまえを見かけ、ひどく気に入ったそうだ。

 この縁談が決まれば、お前は大野家に入り、家督を継ぐことになる。

 この家は准一に任せておけばいい。

 何か不服か?」

私はいきなりの話に、ただ戸惑うばかり。

もちろん、兄がこの家を継ぐことに不満があろうはずもない。

兄の准一は偉丈夫にして頭脳明晰。

これほどの男がいるものかと、自慢している兄だ。

だが、私も嫁を貰い、この櫻井家を支えていくものとばかり思っていたのだ。

公爵家に入って家督を継ぐ?

この家を出る?

そんなことは考えたこともない。

なんとか言葉を捻りだす。

「私に異存はありませんが……性急すぎて、少し困惑しております。」

「何を女々しいことを。お前ももう二十歳。結婚してもおかしくない歳ではないか。」

「そうではありますが……。公爵家に男子はいらっしゃらないのですが?」

父は口を噤んで腕を組む。

「ご長男がいらっしゃる。だが……病弱で家督を継ぐのは難しいようだ。

 伯爵家の次男が公爵家に婿入りするのだ。文句を言うやつもいるやも知れぬが……。

 これも人助けだよ。」

父はじっと私を見つめ、有無を言わせぬ声で言う。

「わかったら行け。今まで通り、勉学に勤しむように。」

「……わかりました。」

私は頭を下げ、父の部屋を後にした。



それから数日が過ぎ、見合いは滞りなく進み、今日の祝言に行きつく。

隣で笑う和子は、噂に違わぬ器量で、公爵も私をとても可愛がってくれる。

この縁談に不満があろうはずがない。

智のことも、和子からなんとなく聞いていた。

「智は……生まれつき体が弱くて……。

 母が亡くなってからは、ことさら私も父も心配していて……。

 あの子を残して嫁ぐのは本当に心配でしたの。

 だから、今回のご縁……本当に嬉しくて。」

和子は嬉しそうに笑う。

私が断れないことも知っていて、クスクスと笑う薄茶の瞳。

そんな和子にゾッとしないわけではなかったが、

私に断るという選択肢は存在しない。

これも人助けだ。

父の言葉が頭の中に響いた。



祝言も済み、私が大野家に入ると、和子は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

元来世話好きなのか、痒い所に手の届くその手際の良さに、惚れ惚れするを通り越して、

呆れるくらいだった。

ずっと智の面倒を見てきたのだろう。

手のかかる弟がもう一人できた。

和子にとってはそのくらいのことにすぎないのだ。

もちろん、夜の営みも問題なく行われる。

私は和子が初めてで、緊張しないこともなかったが、和子は私を上手く誘導してくれた。

もしかしたら、和子は私が初めてではないのだろうかと訝しんだが、

和子はクスクス笑いながら、そんなことはないと否定した。

「私は結婚したことも、お付き合いした殿方もおりません。

 翔様が初めてでございます。」

そう言い放って、私の胸に口付けた。

「これからは『あなた』とお呼びしなければね?」

私を見上げる薄茶の瞳は、私の腕の中で満足そうに笑うと、目を閉じる。

しばらくすれば子もできるだろう。

私にとって夜の営みは、その程度のことにすぎなかった。



生活が落ち着いてくると、私は公爵に着いて、仕事のお供をさせられるようになった。

公爵は外国からレースやシルクを輸入する貿易会社を営んでいた。

特に何をするわけでもなかったが、見る物聞く物、新しい世界が面白く、

暇さえあれば、貿易関係の書物を読み漁った。

そんなある日、夜も10時を回った頃、聞きたいことがあって、公爵の部屋に向かった。

こんな時間に失礼かと思ったが、もし起きていらっしゃれば

酒でも飲みながら聞けるのでは……そんな風に考えて、

廊下を曲がったところで足を止めた。

部屋からは人の声がする。

ここはどなたの部屋だったか……。

櫻井の家も小さくはなかったが、この家はその倍ほどの部屋数で、

今だに開けたことのない部屋がたくさんあった。

住んでいるのは我々四人と住み込みの女中が数人のはず。

時折、親戚がやってきて泊まっていくが、親戚全部を把握するには至っていない。

決まった日に来る客がいるわけでもなさそうだった。

この部屋は、公爵でも私でも、まして和子の部屋でもない。

智の部屋は3階にあると聞いている。

……客か?

私はその場に立ち尽くし、じっと耳を澄ませる。

「ぁ……あんっ……も………っやぁ……あぁ……。」

「……ぃぃ…………可愛い………。」

クスクス笑いと……甘い睦言。

私の顔がボッと赤くなる。

公爵?

公爵とて男だ。

そういう相手がいてもおかしくはない。

私は足早に自分の部屋に戻った。

他人のそういう場面に遭遇するのは初めてで、昂る心臓はなかなか静まってくれなかった。










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