TRIP 腐的妄想

某5人組アイドルの腐的(BL)妄想小説です。成人女性限定でお願いします。

つなぐ 九帖

つなぐ



「ん……んんっ。」

男がゆっくり目を開ける。

目の前に広がるのは染みの付いた薄汚れた天井……。

キョロキョロと左右を窺う。

右手には窓、左手には……櫻井がスヤスヤと寝息を立てている。

男はそっと上半身を起こす。

手足に枷などはない。

縛られた跡もない。

窓から見える月は、山のすそ野に消えようとしている。

もうすぐ夜が明ける。

夜が明ける前に、櫻井の精気を吸ってしまいたい。

男は櫻井に視線を落とす。

うかつだった。

まさかばれているとは思わなかった。

騙すはずが騙されるとは……。

男の、幾何(いくばく)かのプライドは傷つけられたが、

それよりも、ムクムクと沸き起こる高揚感はいったいどうしたわけか。

久しぶりに手ごたえのある相手に巡り合ったせいか?

最近は骨のあるやつが少なかった……。

男は、手を握ったり開いたりして動けることを確認する。

どうやら術が利いていたのは薬を塗った足だけのようだ。

次に足を動かしてみる。

足も動かせる。

と言うことは。もう術は切れているのか?

男は櫻井に視線を移す。

確かにできる男だ。

だが、ぬるい。

枷もせず自分をそのままにしておくなど……。

舐められているのか?

男は、櫻井の白い顔を眺める。

何度見ても綺麗な顔だ。

夕刻は、その顔に見惚れて、襲う気力をなくしてしまったほどだ。

顔ばかりではない。

男は顔から、顎、首筋へと視線を移す。

やんわり乱れた襟元から見える首筋はいかにも旨そうだ。

白くなだらかな肌は吸い付きそうなほどしなやかで、思わず手が伸びる。

櫻井が起きないよう、そっとその首筋を撫でる。

指先から伝わる心地よい温もり。

しっとりとして、弾力のある肌の柔らかさ。

ゾクッとする。

やはり、このまま喰ってしまうのは惜しい。

喰ってしまえば、櫻井もあっという間に年老いる。

この肌も弾力を失い、しっとり感も薄れよう……。

「どうしたのです?私はお気に召しませんか?」

寝ている櫻井の口から、突然声が零れる。

櫻井の目が静かに開く。

男は驚くことなく、ふふんと鼻で笑う。

「お気に召したから困っておる。」

男は撫でていた手を襟元から忍び込ませる。

「もう少し、味わおうかと思ってな?」

長い指が櫻井の胸元をくすぐる。

「ははは。これはこれは。狐殿は男と女の違いがわからないらしい。」

「男と女?そんなもの、我らが世界に必要はない。」

「必要がない?」

櫻井が微かに首を傾げる。

「そうだ。喰うか喰われるか、それだけだ。」

男は櫻井の両脇に両手を着き、覆いかぶさるように、上から櫻井を見据える。

「わしに喰われてみるか?いい夢が見れるぞ?」

男の顔が櫻井に近づいて行く。

櫻井は微動だにせず、男を見つめる。

「噂によれば……、狐殿は首筋に噛みつくと聞いています。」

男は徐々に顔を近づける。

「ああ、そうだ。それが一番てっとりばやい。」

男の顔が、ほんの一寸ほどに近づく。

「だが、傷を付けずに喰う方法もある。」

「ほう?どうやって?」

「やってみるか?」

男の唇が櫻井の唇に重なる。

柔らかい唇の感触に、どきりとしたのは櫻井だ。

妖はもっと固い、ゴツゴツしたものかと思っていた。

合わせた唇の間から、ザラッとした舌が入って来ると、

知らず知らずのうちに舌を絡めとられる。

「んっ……。」

混ざり合う唾液の音に、櫻井の体がビクッと反応する。

激しく動き回る舌の動きは、男の熱情を想像させる。

床を重ねれば、どれほど激しいことか……。

櫻井が、男の唇に翻弄されていくと、男がニヤリと笑う。

舌を絡めたまま、精気を吸い上げる。

思い切り吸い込んで、体が固まる。

どうしたことか、精気が吸えない。

吸えないどころか、体が動かない。

男が硬直していると、櫻井は静かに唇を離す。

「気づきませんでしたか?」

櫻井は、男を押しのけ起き上がり、男の足首を握る。

シャラッと足首の飾りが揺れる。

「な、なんだ、それは!?」

青と赤の糸で編まれた飾りに、小さな二つの勾玉(まがたま)が着いている。

「あなたの力は封印させて頂きました。」

「封印だと!?」

「はい。」

櫻井がニコッと笑う。

「今すぐ外せ!」

男は痺れる体を無理やり動かし、櫻井の両手首を握って、布団の上に押し倒す。

「それはできません。外せば私が喰われてしまう。」

「当たり前だ!すぐにその首、食いちぎってやる!」

櫻井は声高に笑う。

「そんな相手の封印、外すわけにはいきません。」

そう言うと、掴まれていた手首を返して、男を蒲団の上に抑え込む。

「う、うっ!」

痺れる体を倒されて、妖と言えど抵抗する術がない。

「形勢逆転です。」

櫻井はにこやかに笑うと、男の唇に吸い付く。

柔らかく、揉むように唇を挟むと、ゆっくり舌を差し込む。

痺れの残る舌を絡め取られ、吸い上げられ、男の抵抗する力が抜けて行く。

観念したのか、性なのか、次第に男も絡められた舌を動かし、

櫻井の唇を味わい始める。

クチュッと唾液の泡が弾け、絡まる舌が激しさを増す。

歯列の根元、上あご、舌裏、余すところなく味わい尽くすと、

櫻井がゆっくり唇を離す。

「気持ちのいい唇ですね。」

櫻井の大きな瞳に見つめられ、男は顔を背け、視線を外す。

「……お前もな。」

櫻井はクスッと笑って、男の頬に張り付いた髪を撫でつける。

「……名前……教えてくれませんか?」

「そんなもの、教えられるか。」

男は顔を背けたまま、口をへの字に結ぶ。

「残念ですね……。長い付き合いになりそうなのに。」

櫻井は体を起こし、男の隣に横になる。

「私は翔。翔と申します。……そう、呼んでください。」

ニコッと笑うと目を閉じる。

男はそんな櫻井の横顔をチラッと見、また視線を外す。

空の月は沈み、東の空が明るく鳴り始める。

男は、ぼーっとその空を眺めた。










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つなぐ 八帖

つなぐ



気づくと、子供がじっと櫻井の顔を見ている。

ハッとして起き上がる。

外は夕闇が広がり始めている。

「すまないねぇ、こんな時間まで。」

櫻井は指の先で子供の頬を撫でると、ニコッと笑って起き上がる。

「近くまで送って行こう。」

子供も嬉しそうに笑って起き上がる。

「起こしてくれても良かったのに。」

乱れた合わせを直しながら櫻井が言うと、子供が恥ずかしそうに下を向く。

「気持ち良さそうで、起こせなかったか?」

櫻井は微笑んで手を差し出す。

子供はうなずいて、その手に飛びつく。

「お母さんが心配してないといいねぇ。」

子供はそんな心配、つゆほども思っていないのか、楽しそうに階段を下りる。

「これ、そんなに急がないでおくれ。私はあなたと違っていい歳なのだから……。」

櫻井の手を引っ張り、急な階段を、二段飛ばしで飛び降りる子供に、

櫻井が苦笑いを浮かべる。

どう考えても、二段飛ばしでこの階段を下りることはできない。

子供が元気すぎるのか、自分が歳を取ったのか……。

櫻井は引かれるままに階段を駆け下りた。



峠に向かって歩いていると、昨日よりさらに明るい月が二人を照らす。

「綺麗な月ですねぇ。」

櫻井が空を見上げる。

続いて子供も空を見上げる。

西に輝くいつもの星は、見たこともない輝きを放っている。

「これは……。」

櫻井はクスッと笑って子供を見る。

子供も、にこにこ笑って櫻井を見上げる。

「夜は……やはり昼間より元気ですね?」

子供は笑って、ギュッと櫻井の手を握る。

櫻井もギュッと握り返し、昨日の道を歩く。

「干物、美味しかったと伝えてください。」

子供がコクリとうなずく。

「瓜は……雅紀さんに漬物にしてもらいましょうか?」

子供がうんうんとうなずく。

「ああ、やはりお母さんは心配だったようですね?」

見ると、峠の道の脇に、狸が顔を出している。

ちょうど昨日、櫻井が親子を助けた辺りだ。

櫻井はひょいと子供を抱きあげる。

「走ってはダメですよ。すぐ走りたがるんだから。」

櫻井がにこにこ笑う。

子供は嫌がって櫻井の腕から下りようともがく。

「これこれ、そんなに暴れないで。」

両手で子供をぎゅっと抱きしめ、背中をトントンと叩いてやる。

子供は足をバタつかせ、櫻井の背中を叩く。

櫻井が親狸のところまで来ると、親狸は、慌てて山の中へ逃げて行く。

子供は体中を使って暴れ始める。

「暴れても無駄ですよ。」

櫻井は抱きしめたまま背中で印を組む。

「臨……。」

すると、櫻井の腕の中で、子供の体が変化し始める。

「兵……。」

櫻井の腕にグッと重さがのし掛かる。

「闘……。」

印を組むのが難しくなるが、櫻井は腕の力を緩めない。

「者……。」

子供の姿は大人の、櫻井と同じ、男の姿に変化する。

「皆……。」

男は暴れる様子もなく、月明かりに浮かぶ櫻井の顔を見つめる。

櫻井には、男の顔は影になっていてわからない。

「陳……。」

「綺麗な顔だな……。」

男はクックと笑い、櫻井の顔をじっと見つめる。

「烈……。」

「しかもいい匂いだ。」

「在……。」

「このまま喰っちまうのは少々惜しいぞ?」

「前……。」

印を組み終わり、男に向かって十字を切る。

「無駄だ。わしには利かぬ。」

男は櫻井の頬を指先で撫でる。

その冷たさに、ゾクッとし、男の顔が見えるよう、立ち位置を変える。

月明かりに照らされた男の姿は、とても妖とは思えない。

スッと通った鼻筋。

形の良い赤い唇。

優し気な目尻。

だが、その目には妖しく光る青い炎がチラチラと見える。

櫻井は目を瞠って男の顔を見つめる。

これほどまで美しい男を、櫻井も見たことがない。

「どうした?このままわしに喰われる気になったか?」

ハッとして、男を抱きあげた手に力を込める。

「まさか……。喰われるわけにはいきません。」

「なに、喰われたからって死ぬわけじゃない。

 ちょいと老けるくらいのものだ。」

男が不敵な笑みを浮かべる。

「老けるんですか……困りましたね。」

「困るか?」

「はい。この見てくれに、結構助けられているんです。」

櫻井がニコッと笑う。

「だが、喰わねばわしが困ることになる。」

男もニコッと笑い、クワッと大きく口を開く。

そのまま、櫻井の首に齧りつこうとすると、櫻井の手が男の喉を締め上げる。

「うっ……うう。」

男は櫻井の腕から逃れようと、櫻井の腹を台に、片足で舞い上がる。

「ほぅ……これは優雅な……。」

月を背に、クルッと回って櫻井の前に膝をつく。

「ふぅ……ん、ただ喰うのではもったいないな?」

男がゆらりと立ち上がる。

「そうでしょう?私もそう思っていたところです。」

櫻井が指刀を抜く。

「ノウマクサンマンダ……。」

呪文を唱えると、男の足が震え出す。

「なんだ……?何をした?わしに術は利かぬはず。」

「ええ、普通に術を掛けたなら、きっと利かないのでしょう。

 ですが、もうかれこれ半日、術を掛け続けていますから。」

「なんだと?」

櫻井がニコッと笑う。

「薬と共に、術を掛けさせて頂きました。

 薬で覆われておりますから、術がはがれることもありません。」

「わかっておったのか。」

櫻井がゆっくり男に近づいて行く。

「はい。自分の力を……過信しすぎましたね?」

櫻井の指刀が男の額に当たる。

「少し……眠っていてください。」

男の体がガクッと崩れる寸前、櫻井の腕が男を掬う。

男の意識がないことを確認し、櫻井は空を見上げる。

「ああ、まだ強い……。」

星の瞬きを確かめると、櫻井は男を担いで元来た道を戻って行く。

道の傍らでは、狸の親子が、心配そうに櫻井を見つめていた。







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つなぐ 七帖

つなぐ


櫻井は峠近くの茶屋で体を休めていた。

昨晩、狐は現れなかった。

一晩で出会えるとは思っていないが、あまり時間がかかると雅紀が心配する。

櫻井は胸元から人型の紙を取り出し、フッと息を吹きかける。

「今日は帰れないと伝えておくれ。

 雅紀さんが寂しそうなら、少し遊んであげて。」

櫻井がそう言うと、紙がひらひらと舞い上がる。

舞い上がった紙が窓から外へ消えるのを確認し、櫻井がふぅと息をつく。

「さて、今晩は出てくれるかどうか……。」

部屋の窓から外を見渡す。

青い空に、青々とした樹々が眩しい。

今日は最近には珍しく、いい天気だ。

穏やかな風を頬で受けていると、峠の方から子供が走って来る。

「昨日の……?」

櫻井が笑顔を向けると、子供は大きく手を振り、さらに走る。

「これ、そんなに走らなくとも……。」

子供は息せき切って、茶屋に入って来る。

「私に用か?」

櫻井が首を傾げると、階段を上る音が響く。

勢いよく戸を開けたものの、子供は伏し目がちに櫻井を見上げる。

「あ、あの……。」

そう言って、小さな手で、魚の干物と瓜を差し出す。

「母ちゃんが……持って行けって。」

「これは有り難い。」

櫻井はそれを受け取り、にこやかに笑う。

「お母さんに怪我はない?」

「うん……だいじょうぶ。」

子供もにっこり笑う。

「そうか、それはよかった。」

櫻井は子供の足に視線を止め、荷物の中をごそごそし始める。

子供が首を傾げて見ていると、小さな壺を取り出す。

「これは小連翹(しょうれんぎょう)で作った薬だよ。

 本当は生葉の方がいいのだけど、この辺にはなさそうだからね。」

櫻井は子供のふくらはぎを掴むと、その場に座らせる。

子供は黙って、切り傷だらけの足を櫻井の前に差し出す。

「染みるかもしれないけど、すぐに治るから。」

櫻井が薬を子供の足にそっと塗る。

子供の体がビクッと縮こまる。

「ああ、やっぱり染みるかい?」

子供は痛そうな顔をして、小さくうなずく。

「けれど、ひどくなると足が動かなくなってしまうかもしれないからね……。

 そうしたら、お母さんを助けてあげられないだろう?」

子供は大きくうなずく。

「我慢できるね?」

また、力強くうなずく。

「よしよし、いい子だ。」

櫻井が薬を塗り終わると、子供がすっくと立ち上がる。

「どうだい?あまり違和感はないだろう?」

「うん。」

薬を塗ったのが初めてなのか、不思議そうに人差し指を足に伸ばす。

「これ、触ってはいけないよ。薬が取れてしまうからね。」

「う、うん……。」

触ってはいけないと言われると、触りたくなるのが人情だ。

子供は薬を縫ったところが気になってしようがない。

「ははは。気になるか?飯でも食べれば忘れられよう。

 これを、女将さんにお願いして焼いてもらおうか?」

櫻井は、子供が持ってきた干物を持ち上げる。

「でも……。」

子供が遠慮がちに櫻井を見上げる。

「食事は誰かと一緒の方が美味しいからね。

 私が一緒に食べて欲しいのだけど、ダメかい?」

櫻井の笑顔に引きずられるように、子供が首を振る。

「それはよかった。では一緒に下に行こうか。」

櫻井が手を差し出すと、子供も小さな手を重ねる。

柔らかく、櫻井より少し体温の低い子供の手に、櫻井がクスッと笑う。

それに気付いて、子供が顔を上げる。

「手を繋ぐのは気持ちがいいね。

 我が家の雅紀さんは、もう手を繋ぐ歳ではなくなってね。」

子供は不思議そうに櫻井を見つめる。

「温もりと言うのは……気持ちがいいと言うことです。」

櫻井が微笑むと、子供も訳が分からぬまま微笑み返す。

「さぁ、さっさと食べてしまいましょう。

 あまり遅いとお母さんが心配する……。」

二人並んで階段を下りる。

子供は嬉しそうに櫻井の手をギュッと握る。

櫻井もその手をギュッと握り返した。



干物を食べ、満腹になると、子供がうつらうつらし始める。

「ははは。お腹がいっぱいになったら眠くなりましたか?」

櫻井は女将にお礼を言い、子供を抱きあげる。

「彼らにこの時間はまだまだ眠いでしょう……。」

狸や狐は、夜、行動する夜行性だ。

昼動くのは、疲れるに違いない。

櫻井は薄い蒲団を敷いて、その上に子供を下す。

あどけない顔で眠る子供の髪を、微かな風が揺らす。

櫻井も風の吹く方に顔を向ける。

おだやかな風が心地いい。

子供の隣に、ごろんと横になると、子供の柔らかな頬を見ながら、目をつぶる。

心地良い風とおだやかな寝息に、いつしか櫻井の意識も遠のいた。










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つなぐ 六帖

短編(いろいろ)



峠に差し掛かると、先ほどまで赤かった空に、深い紺色が広がり始める。

「暗くなり始めましたねぇ。」

旅装束の櫻井が笠を翳して空を見上げる。

西の空で星が瞬く。

「今日は力強い……。」

うなずいて、峠の先を見つめ、

薄暗い峠道を、提灯片手に歩いていく。

しばらく行くと、7歳くらいの子供が向こうから走ってくる。

「どうしたね?」

櫻井の声にびっくりした子供が、恐怖に慄く顔で、首を振る。

「何かあったのか?」

子供は何を聞いても首を振るばかり。

「どこから来た?」

櫻井が柔らかい笑顔を向けると、おずおずと山の方を指さす。

櫻井は指さす方をじっと見つめる。

何が見えたのか、キッと眉山を上げ、あっとばかりに走り出そうとする。

すると、子供が力いっぱい袖を引く。

グンと引っ張られ、櫻井は勢いのまま振り返る。

子供がまた首を横に振る。

「助けなくていいのかい?」

子供は首を振り続ける。

「ここで待っておいで。すぐに戻ってくるから。」

櫻井がそう優しく諭すと、子供が不安そうに櫻井を見上げる。

「大丈夫。あれはお母さんだね?」

子供は我慢していた大きな涙をこぼしてうなずく。

「じっと待っているのだよ。」

櫻井は子供の頭を撫で、月明かりに向かって走り出す。

子供は、1、2歩後を追って立ち止まる。

ただ、涙を流しながら、櫻井の行った方向を見つめ続けた。



櫻井が山の方に入って行くと、何か獣の鳴き声が聞こえてくる。

「あれか?」

樹々の間を分け入ると、大男に襲われそうになっている女の姿が目に入る。

女の着物は乱れ、その背では幼子が泣き声を上げている。

襲う男の方は、大きな体を見せびらかすように上半身の着物を脱ぎ、

突き出た腹をさらに突き出す。

女を掴む腕は黒々とした毛で覆われ、筋肉で盛り上がった胸をも毛が覆い尽くす。

「それ以上は……止めておあげなさい。」

櫻井が静かに声を掛ける。

男がキッと櫻井を睨みつける。

「なんだ?痛いめにあいたくなかったら、さっさと行け。」

女の方は、さっきの子供のように大きく首を振る。

「待て……お前……旨そうな匂いがする……。」

男が櫻井の方に体の向きを変える。

「そうですねぇ、きっとその女(ひと)より、私の方が美味しいでしょうねぇ。」

櫻井がにこやかに笑う。

「お前も一緒に喰ってやる。来い!」

男が櫻井に向かって歩いて来る。

「ですが、私には毒があります。お腹を壊しても知りませんよ?」

男の手が、櫻井に向かって伸びてくる。

櫻井は、スッと後ろに退くと、指刀を出し、印を組む。

「臨兵闘者……。」

言いながら、指で印を作っていく。

「お、お前、陰陽師か……。」

男が後ろに退いていく。

「……在前。」

櫻井は、背を向け、逃げようとする男に向かって十字に切った指刀を投げる。

「ぅわぁ~っ!」

男の額にピッと血が浮き出る。

その傷は、地割れのように広がっていく。

「ああぁああ~っ!」

男の断末魔の叫びが山に響き渡ると、男の額が裂け、そこから大きな蛇が現れる。

「大蛇でしたか……。」

その大蛇の額にも、また同じような跡がついている。

しかし、そんな傷はものともせず、大蛇は櫻井に襲い掛かる。

サッとかわした櫻井は、指刀を額に当て、呪文を唱える。

「ノウマクサンマンダ……。」

ビクッと動きを止めた大蛇が震え出す。

動きたくても呪文のせいで動けない。

「……ウンタラタカンマン!」

櫻井の指刀が大蛇に向かって放たれる。

指刀の圧が、空を切って大蛇の額に当たると、空気が抜けるように大蛇が小さくなっていく。

小さな蛇になった大蛇は、あっという間に草むらに消えて行く。

カサカサと逃げて行く音を聞いて、櫻井はほぅと息をつき、指を弾く。

「もう大丈夫ですよ。」

「あ、ありがとうございます……。」

女は乱れた着物を直し、幼子を抱きしめる。

「息子さんも、あちらで待っていますよ。」

「あ……。」

女は申し訳なさそうに櫻井を見上げる。

「私を助けようと……遣わしてくれたのでしょう?」

女は大きくうなずき、ぎゅっと子供を抱きしめる。

「怒らないでやってくださいね。ここに来たのは私の意思です。」

女は溢れる涙を拭きもせず、何度も頭を下げる。

「ああ、もういいですから……。」

すると、峠の道の方から、子供の声が聞こえる。

「母ちゃん!」

「あ、危ない!」

木の根に足を取られ、転びながら男の子が駆けてくる。

ひしと抱き合う三人を見つめ、櫻井は満足そうにうなずく。

「今日はお帰りなさい。お母さんは傷もあるでしょうし。」

女は立ち上がり、幼子を抱きあげると、男の子を隣に並べる。

「本当に……ありがとうございました。」

女が頭を下げると、子供もそれに倣う。

「……気を付けてお帰りなさい。」

女と子供が何度も振り返りながら、森の中に帰っていく。

その後ろ姿を見送って、櫻井は満足そうにうなずく。

「今日は着物も汚してないし、雅紀さんに怒られなくてすみますね。」

遠のく親子の姿が狸に戻ると、櫻井も峠の道に戻って行く。

「さて、今日はもう現れてはくれないのかな?狐さんは。」

櫻井は、月を見上げ、にっこり笑うと、峠道をてくてくと歩き出す。

「ふぅん、美味しそうな匂いがすると思ったら、なかなかの色男だね?」

木の上で、二つの目が光る。

「わし好みじゃ。」

気配を感じ、櫻井が振り返ると、木の枝を風が揺らす。

首を捻り、また歩き出す櫻井を、月明かりが穏やかに照らし出す。

峠道に獣の鳴き声が響く。

それは綺麗に澄んだ声で……。

櫻井が空を見上げると、星は力強く瞬いていた。










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つなぐ 五帖

つなぐ



翌日、太陽が高く上るのを待って、櫻井は峠に向かう。

玄関口で、雅紀が心配そうに櫻井を見上げる。

「……絶対、無理はしないでください……。」

「わかっています。」

櫻井は笑って雅紀の頭を撫でる。

雅紀はその袖をギュッと握る。

「私が帰って来るまでに、この間取ったオトギリソウを乾燥させておいてくれませんか?

 取りに行けるようであれば、少し取りに行ってくれると助かります。」

オトギリソウは煎じれば鎮痛剤になり、

そのまま患部に塗れば、傷の治りが早くなる。

薬草の用意を言いつけられ、雅紀は泣きそうな顔で櫻井を見つめる。

「翔さん……!」

「違います、違います。念には念を、です。」

櫻井は雅紀の頭を撫で、心配ないことを手の平で伝える。

「上手くすれば、明日帰ってきますから。」

「……本当ですね?」

「はい。ですが、会えなければ少々時間がかかるかもしれません。

 式を送りますから、心配しないで待っていてください。」

「絶対、送ってくださいね!

 忘れないでください!」

雅紀は櫻井の袖をギュッと引っ張る。

「それから、いくらお腹が空いても、怪しい物は食べないでください。

 狐が化かしてるかもしれないから。

 それから……。」

「大丈夫ですよ。雅紀さんは心配しすぎです。」

櫻井は困ったように笑う。

「心配です。心配で心配でたまりません。」

雅紀が本当に心配そうに櫻井を見つめると、櫻井がクスッと笑う。

「いつだって、私は無事に帰って来たでしょう?

 今回だって同じです。無事に帰って来ますから。」

雅紀は顏を伏せ、握った櫻井の袖を見つめる。

「わかってます……わかってるけど……。」

俯いた雅紀の頭を櫻井が優しく撫でる。

「雅紀さんは優しい。その優しさを大切になさい。」

櫻井はそっと袖を引き、雅紀に背を向ける。

「翔さん……。」

「では、行ってくるね?」

振り返ってニコッと笑うと、歩き出す。

「翔さん、お気を付けて!」

櫻井は振り返らず、左手を軽く上げる。

雅紀は、どんどん遠ざかる櫻井の背を、見つめ続ける。

この光景。

何度も目にした光景なのに、その都度胸が苦しくなる。

これが最後かもしれない、あの日の父ちゃんと母ちゃんのように。

そう思うと、なんとしても引き留めたくなる。

それができないことだとわかっていても、櫻井の背に向かって手が伸びる。

袖を握り締めてしまう。

櫻井が見えなくなると、雅紀は家の中に戻って行く。

櫻井に持たせたおむすびの残りに齧りつき、涙を堪える。

自分にはやることがある。

食べたら薬草を取りに行かないといけない。

自分を奮い立たせ、おむすびを喉に流し込んだ。



櫻井が峠の近くまでやってくると、空は赤い夕空に覆われ始めた。

暗くなる前に腹ごなしするかと、近くの神社に立ち寄る。

拝殿近くの大きな石の上に腰かけ、雅紀が持たせてくれた包みを開く。

大きく、いびつなおむすびが二つ、仲良さげに並んでいる。

櫻井はその内の一つに齧り付く。

塩の利いたおむすびは、櫻井の舌も腹も満足させてくれる。

「うん、雅紀さんのおむすびはいつも旨い。」

おむすびを貪る櫻井の隣に、小鳥がやってくる。

櫻井はチラッと小鳥を見ると、指についた米粒を丸める。

「まだ飛べるのかい?そろそろ帰らないと危ないよ。」

小鳥の近くに丸めた米粒を置き、ニコッと笑う。

「おすそ分けだよ。」

小鳥は首を傾げながら、チョンチョンと近づいてくる。

米粒を嘴で突(つつ)き、嘴を小刻みに動かす。

「旨いだろう?」

小鳥は返事することもなく、いそいそと米粒を突き続ける。

その可愛らしい姿を見ながら、櫻井もおむすびを口へ運ぶ。

小鳥が米粒を2、3度飛ばすと、仲間の小鳥が数羽やってきた。

少ない米粒を取り合うように突き合う小鳥たち。

「こらこら、仲良く食べないか。」

櫻井はもう少し、米粒を置いてやる。

小鳥たちは喜んで米粒を飛ばしていく。

その度、少しずつ米粒が小さくなっていく様子は、食べるのも忘れるほど微笑ましい。

「雅紀さんの優しさが詰まったおむすびだからね。

 取り合いになっても仕方ない。」

思い出したように、櫻井が大きな口におむすびを頬張ると、小鳥たちが一斉に飛び立った。

見れば、数羽のカラスと狸の親子がこちらを窺っている。

櫻井は、手の中のおむすびと、まだ包みの中のおむすびを交互に見て、小さく息をつく。

「……しかたがありませんね……。」

手の中のおむすびをいくつかに分け、カラスの方へ放り、包みの中のおむすびに齧りつく。

「二つとも食べないと雅紀さんに怒られるんです。」

そう言って、残りのおむすびを二つに分け、両方、狸の方へ投げてやる。

狸たちは一斉にむしゃぶりつく。

小狸の尻尾が揺れる。

カラス達の方に目をやると、そちらも順調になくなっている。

櫻井は自分の指についた米粒を齧り、にっこり笑う。

「一応、二つとも食べましたからね?雅紀さんに怒られなくてすみます。」

カラスと狸を交互に見、満足すると立ち上がる。

「さて、そろそろ行きますか。」

立ち上がった櫻井を、動物たちが見つめる。

「大丈夫ですよ。腹八分目が、動くのにはちょうどいいんです。」

狸の親が首を傾げる。

「私は見た目によらず、小食なんですよ。」

櫻井が歩き出すと、カラスと狸が着いて来ようとする。

「いけません。森にお帰りなさい。もうおむすびはありませんよ。」

櫻井が両手を広げて見せ、にっこり笑うと、峠に続く道に戻って行く。

その後ろ姿をカラスと狸が、遠い木の上から小鳥たちが見送った。










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プロフィール

tepo

Author:tepo
アメブロでメインに活動しています。

嵐の大野君が大好きで、山LOVEです♪
腐っているので、ご理解のある方、
また成人女性限定でお願いします。

a Day in Our Life
    ↓
kissからはじめよう
    ↓
 Step and Go
    ↓
  果てない空

の順で続いています。
それぞれでも楽しめるようになっていますが、順番に読むと5人の成長がよりわかるのではないかと思います。

コメント等は受け付けていません。
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